元・廃墟マニアが教える、廃墟の「新しい遺し方」
現在、クラウドファンディングサイト「Readyfor」で行われている『摩耶観光ホテル保存プロジェクト』が話題だ。
戦前、神戸市灘区の摩耶山中に建てられた「摩耶観光ホテル」、通称マヤカン。その独特の廃墟美から「廃墟の女王」と呼ばれ、多くのファンを持つ建築だ。この歴史的建造物を近代化遺産として、安全に、そしてあるべき姿で保存し、有形文化財の登録を目指すのがこのプロジェクトの趣旨だ。
プロジェクトはすでに、第一目標金額の500万円を達成。現在はネクストゴールの1,000万円達成に向けて奮闘している。
今回はこのプロジェクトをリードするNPO法人 J-heritage の総理事、前畑洋平さんにお話をうかがった。産業遺産コーディネーターとして全国を飛び回る前畑さんは、マヤカンという近代化遺産に何を見出したのか。特別に内部を案内してもらいながら、元廃墟マニアとしてのマヤカン愛も存分に語ってもらった。
「廃墟の女王」の中へ...
前畑 気をつけてくださいね、足首を切る人が結構多いんで。あと窓ガラスに残っているガラス破片で頭を切っちゃったりもするから。
ヘルメットを被り、細心の注意を払いながら進む。
まず辿りついたのは、摩耶山・マヤ遺跡ガイドウォークでも見た余興場(※ガイドウォーク当日の状況により、見学できない場合あり。いずれの場合も、ガイドウォークでは内部には入れない)。
前畑 ステージ奥の壁は、昔は落書きがあったんです。でも、映画『デスノート Light up the NEW world』(2016)の撮影があったときに、スタッフのクルーが頑張って塗装エイジングしてくれて。いい感じになってます。
前畑 今は西日が差して、いいタイミングですね。なかなかこの時間帯に写真を撮れることはないですよ。
「得体の知れへん廃墟マニアが、
マヤカンをめっちゃ愛してた。
所有者は驚いたみたいです(笑)」
——内部の案内もしていただきながら、プロジェクトについてもお訊きしたいと思います。そもそも、『摩耶観光ホテル保存プロジェクト』を始めたきっかけは何だったんですか。
前畑 もともと僕は廃墟マニアで。摩耶観光ホテル(以降「マヤカン」)も好きだったので、実は勝手に入ったこともあって……。
——勝手に入ってたんですね(笑)。
前畑 うん、入ってましたね(笑)。所有者の方には、ちゃんと謝りました。
——「大好きなマヤカンを守りたい」と?
前畑 所有者の方が「壊したい」って言ってるっていう噂はずっと聞いてて。僕、NHKの『新日本風土記』(2015年1月30日放送回『廃墟』)で制作のお手伝いをさせてもらったんですね。その時、プロデューサーに「何個かストーリーを出してくれ」と。そのなかにマヤカンを入れたんです。「ここはなんとかしたいと思ってる場所やから、壊さずに活用できひんか」って。
——それを所有者の方に伝えたいと。
前畑 そしたら番組で交渉してくれて、プロデューサーが、所有者の方と仲良くなったんで僕に繋いでくれて。僕は喜んでマヤカンの写真を撮ったりしてたんですけど、その所有者の方がちょっと驚かれたみたいで。
——というのは?
前畑 今まで得体の知れへんかった廃墟マニアが、実は、マヤカンのことをめっちゃ愛してて、喜んでくれるヤツやったんやって。それまで再三、不法侵入で悩んできて、月1で警察や消防署から行政指導があって、「山火事にでもなったら大変やから、壊すか塞ぐかしろ」って言われててゴミ同然やと思ってたマヤカンが……。ちょっと、価値の変換が起こったんでしょうね。
——前畑さんに出会って、所有者の方の考え方が変わったと。
前畑 「こいつら、めっちゃおもろいな!」って、興味が湧いたみたいです(笑)。
前畑 ここは額縁の間です。もとは展望浴場で、床の剥がれてるところに浴槽の縁の跡が見えたりします。ここは、廃墟マニアにも人気の場所ですね。
「地元の人が活用してくれるなら
心強い。協力するって。
そこからは話が早かった」
前畑 僕は「産業遺産コーディネーター」という肩書きを名乗っているんですが、それは、建物・土地の所有者と地域の人をつないで、そこを活用していくためにはどうすればいいのか作戦を立てるということなんです。
——マヤカンに関してはどうだったんですか。
前畑 最初に「マヤカンを活用したい」って思った時、警察と消防署から「活用すんのはいいけど、先にすることあるやろ」って言われたんですね。それは、不法侵入を防ぐっていうことで。僕はもともと廃墟マニアなんで、何をやればそういう人たちが入らなくなるかわかっている。
——つまり?
前畑 廃墟マニアって、なかを見れるようにしてしまったら廃墟としての価値を見出さなくなるんです。それで不法侵入をやめる。加えて、機械警備を入れて、警察や消防署の方にも納得もしてもらった上で進めていきました。
——セコムがある廃墟なんて想像していませんでした(笑)。
前畑 防犯対策を整え、なかに入れる仕組みを作り、仲間を増やして、マヤカンを遺しやすい環境作りをしよう、っていうのが僕のプランでしたね。
——所有者の方とのつながりも重要ですが、地元団体とのつながりも重要になってきますよね。
前畑 NHKの番組を通じて所有者の方とつながった一方で、地元で、摩耶山をめっちゃ愛してる人たちがいるっていうのも聞いていたんです。それが、摩耶山・マヤ遺跡ガイドウォークを主催している慈(憲一/摩耶山再生の会事務局長)さん。ヘリテージマネージャーの松原(永季)さんっていう、僕がすごくリスペクトしている方がつないでくれました。
——ちなみに、ヘリテージマネージャーとは?
前原 ヘリテージマネージャー制度というものがあるんです。建築士さんたちが、歴史的建造物を守るために作った資格講習会があって、それを60時間受け終わったら兵庫県の教育委員会に登録されるんですよ。
——地域の歴史的建造物を守っていくプロなんですね。そして、そのヘリテージマネージャーの松原さん経由で繋がったと。
前畑 はい。松原さんに「マヤカンの所有者の方が、“地元の人が活用したいって言ってるんやったら話を聞く”って言ってるんですけど、どうしましょう?」って相談したんです。そしたら松原さんが「僕、実は摩耶山再生の会のお手伝いをやってんねん」って。そこで慈さんを紹介してもらいました。
——きちんと活動している地元団体が見つかったと。それを所有者の方にお伝えして。
前畑 「そんな人が活用してくれるんやったら力強い。協力する」って言ってくださって、摩耶山・マヤ遺跡ガイドウォークにつながり、コース中にマヤカンを見れるようになった。決まってからは、本当に話が早かったです。
——慈さんのインタビューでも、「もっと早くやろうと思えばできた」っておっしゃってたくらいですもんね。そして、行政、地元、オーナー(所有者)のトライアングルが他の地域にないほど美しいともおっしゃっていました。
前畑 慈さんがちゃんと事務局長として、摩耶山再生の会の活動を進められているんで。僕らJ-heritageは、全国各地の産業遺産の活用方法を、地元の人にアドバイスしながらわたり歩くという感じなんです。マヤカンでも、ここの安全確認や登録有形文化財申請のための調査をして、ゆくゆくは地元団体さんに引き継げるようにすることが目的です。
前畑 ここは礼拝堂ですね。ギザギザの窓辺が特徴的な空間だと思います。実際に礼拝したり、チャペルとして結婚式みたいなんもしてたんちゃうかな。
前畑 ここが洋室です。
——12〜13部屋しかなかったとガイドウォークで聞きましたけど、こんな部屋だったんですね。窓が大きいしたくさんあって明るい!
「マヤカンは、いろんな人が
この摩耶山で親しみあった象徴。
そのストーリーが重要なんです」
——そして話題のクラウドファンディングですが、すでに第一目標金額(500万円)は達成していますよね。
前畑 そうですね。今は第二目標金額に向けてまだ動いているところです。
——クラウドファンディングでサポーターを募るにあたって、資金の使用用途を明文化していて、そのなかには「登録文化財申請の資料作成」とあります。そもそも、登録文化財とは?
前畑 文化財にも種類があるんですよ。まずは有形か無形か。マヤカンは間違いなく有形ですよね。そして、有形のなかにもグレードがある。建築でいうと、国宝、重要文化財、登録文化財、わかりやすいものでいうとこの3つ。国宝でいうと富岡製糸場とかがそうですよね。あれはもう、超レアケース。
——難しいを通り越して「レア」なんですね。その次が重要文化財ですか。
前畑 はい。重要文化財は、一度指定されると壊さることがないという安心感があります。でも、敷居も高くて、持ち主側も面倒くさいことが多かったり。今まではその2つしかなかったんですけど、歴史的な建築——近代建築といわれる、戦前の洋風建築とかが阪神・淡路大震災で壊れてしまう、というようなことが続いたんです。文化庁も、そういう建物が大事だとわかってるから「壊されてばっかりやったらあかん。もっと違う文化財制度を作らな」というので、1996年ごろにできたのが登録文化財の制度なんです。
——なるほど。比較的、最近できた制度なんですね。重要文化財までのグレードは「持ち主側も面倒くさいことが多い」とおっしゃいましたけど、登録文化財はどうなんですか。
前畑 「登録」文化財という名の通り、こちらから「登録してください」って申請して、それに対して文化庁が「いいですよ」って言うかどうか、というシステムなんです。条件は3つくらいあるんですけど、マヤカンはとりあえず「地域を物語るもの」っていうストーリーで申請するために準備しています。
——「地域を物語るもの」?
前畑 実は、クラウドファンディングで目標達成する前から、正直、ある程度は図面ができていたんですよ。今の資料でも、出そうと思えば登録有形文化財の申請は出せるかもしれない。
——クラウドファンディングの真の目的はどこにあるんですか?
前畑 もちろん、図面の精度をより上げていくというのはあります。でも、文化庁の人に「マヤカンに関わってくれる人がこんだけおるんや」って言うのを、やっぱり見せたい。
——だから「地域を物語るもの」という筋を立てているんですね。
前畑 はい。そういう意味で、調査に関わってくれる仲間を集めて、もう一度図面をとって申請しようと。申請のプロセスは、シンプルに書類だけなんですけど、そのストーリーが重要なんです。マヤカンは、神戸の人、外から来た人が、この摩耶山で親しみあった象徴だと思うんですよ。その証として遺っていると思うから、そのストーリーで申請したいんです。あとは、文化庁がその価値を認めてくれるかどうかですね。
前畑 ここは食堂ですね。『摩耶観光ホテル』時代は、観光ホテルということで、食堂には受付もありました。
前畑 みんな、机や椅子を動かしてモデル座らせたり、ローソク立てたりして撮影するんでしょうね。思い思いに…僕ももとは廃墟マニアなんで、その気持ち、わかります(笑)。
前畑 ここは浴場です。高度経済成長のホテルのお風呂って感じがしますよね。
「マヤカンは、
過去に旅させる力を持たせたまま、
遺産として継承していきたい」
——「地域を物語るもの」というストーリーとのことですが、「物語」って数値化できないものだから難しい側面もありそうですけど、そのあたりはどうなんですか?
前畑 だからこそ、クラウドファンディングでこれだけの人が関わってくれて、500万円がすぐ集った事実というのが重要なんです。もちろんそれできちんと調査し直すんですけど、重要なのはストーリーの部分だと思ってて。
——熱意を伝えるのにも、実際の人数、達成した金額を提示することで、客観的にも価値が生まれますもんね。
前畑 変な話、登録有形文化財にならなくても、所有者が遺すって言うたら遺るんです。だから重要なのは、遺るかどうかというより、僕らがどういうふうな遺し方をしていくか。地域の人にも、今は廃墟やと思われてても、「実は登録有形文化財の価値があるんですよ!」って言ったらわかりやすいじゃないですか。
——そうすることで、地元の方も、地域資源を活用していこうって思えるっていう。そこが真の目的だったんですね。
前畑 そうですね、マヤカンに関しては。僕はこの活動で、ギャラみたいなものは一銭ももらわずにやっているんです。
——え! その情熱は一体どこから…。
前畑 もともと廃墟マニアなんで(笑)。僕にはその目線があって、つまり廃墟を産業遺産にする時に、何をするべきかっていう。よくあるのが、産業遺産になった途端に建物を綺麗にしてしまうケース。でもそれって見た人は「あ、かっこいい建物やな」で終わるじゃないですか。でも、そのままの姿を見れば、きっと最初に「昔ってどうやったんやろう?」って思うと思うんです。現役のときの建物の様子を想像したり、その時代の人とかに興味を持つことにつながっていくと。
——廃墟マニアだったからこそわかる視点を活かして、活用方法を考えているわけですね。
前畑 はい。廃墟マニアから産業遺産の世界へNPO法人として入った時、遺産を綺麗にしてしまうことに僕は違和感を覚えたんですよ。だから、マヤカンは、過去に旅させる力を持ったまま、遺産として継承していきたい。ひとつのモデルケースにしたいと思っているんです。
——ある意味、前畑さんにとってもファーストトライ的な。
前畑 はい。軍艦島って、予算が十分にとれず補修できなくて当時の姿が遺ってるんですけど、そこをもうちょっと、マヤカンの場合は意図的に維持していく。
——当時の姿を。
前畑 「旅人が見たい景色をそのまま遺産にしていこうよ」っていう、ひとつの提案なんです。そこの部分を、やっぱりJ-heritage側が強く持って、頑張りたいと思ってますね。
——クラウドファンディングの第二目標もそうですが、無事有形登録文化財に登録されるよう、応援しています。ありがとうございました。
『摩耶観光ホテル保存プロジェクト』は、2017年8月28日(月)23:00まで支援を募集している。