「僕、人間やめます」。 完全なるヤギになろうとした男とトランスヒューマニズム
「鳥のように自由に空を飛びたい」とか「猫のように気ままに暮らせたらなぁ」とか、誰だって一回は考えたことがあるんじゃないだろうか。でもみんな本気じゃないのは当たり前。だって実際、無理だもん…。
でもそれを諦めなかった男が、イギリスにはいた。
しかもこれ、生物医学研究のチャリティー団体ウェルカム・トラストからの支援も得ている「真剣開発」なんだそう。
こんなホンキは、見たことない。
![ヤギになりたい男性 ヤギ](https://d3jks39y9qw246.cloudfront.net/medium/123617/1fb2c716f5a2b3eebd13ee8c62041ca502b75232.jpeg)
彼の名はトーマス・トゥウェイツ(Thomas Thwaites)。完全なるヤギになることを目指している。ふざけているのかと思いきや、本気も本気。しかも最新技術を用いて人間がどれだけヤギに近づいていけるかまで試しているのだ。
僕は自分が人間であることに憤りを感じていた。そしてそれから逃れるために、最新技術を使って本物のヤギになろうと思ったんだ。
何週間かだけでも、人間をやめられたらどんなにいいだろう?「何をすべきか、自分が今何をしているのか」全部何も考えないことができたら!人間として抱えているあらゆる煩雑な考えを放棄できたら!人間であることに「休暇」を取れたら!
![ヤギの足](https://d3jks39y9qw246.cloudfront.net/medium/123700/3920b18e280180a156d89db44bcafce988619081.jpeg)
英語版著書のイントロダクションで、彼はこのように語っている。彼の取り組みは本気だった。
なるべく快適な、しかもヤギに近い四足歩行を実現するための人工の脚、両手が使えない状況での転倒を考慮したヘルメット、胸部保護具などの装備品を作り揃え、さらに芝生を消化するための人工胃の開発にまでもチャレンジし、草を食べ、山道を歩き、アルプス山脈でヤギの群れとともに実際に生活することを試みたのだ。
もはや彼が目指したのは「ヤギ人間」なんかじゃない。ヤギに混ざって暮らす「本物の、生身のヤギ」なのである。
![ヤギ 牧場](https://d3jks39y9qw246.cloudfront.net/medium/123697/43021f492a82d9d57dee349249e4c1b187964bcb.jpeg)
こうしてみると、なかなか馴染んでいるようだけど…。ヤギは群れで暮らすため、受け入れてもらうのもラクじゃない。
ちなみに同書によれば、なんでもトーマスは当初、ゾウになることを検討していたという。しかし準備を進めるにつれ、ゾウは仲間の死を悼むことができるほど知能が高く、これではゾウになっても人間のもつ苦悩からは逃れられないと気づいたんだとか。彼はできる限り徹底的に「退化」したかったのだ。
人が望むのは進化か?退化か?
![男性 崖](https://d3jks39y9qw246.cloudfront.net/medium/123698/7b225fdf5bf981f256e2b8005c40181e49c41006.jpeg)
実は科学技術によって脱・人間を図る取り組みは「トランスヒューマニズム」と呼ばれ、1920年代から見られた動きでもある。
でも、今までそれはほとんど怪我を瞬時に治す、不死の体を手に入れる、などといった人間の「進化」「機能向上」に着目したものでもあった。トーマスのプロジェクトのように「最新技術で退化する」という不思議な試みは比較的目新しいようで、各情報誌などからも注目する声があがっている。
![男性 崖 ヤギ](https://d3jks39y9qw246.cloudfront.net/medium/123699/57d583a89ae53881609d3a6d174f92c8ec1fc5e6.jpeg)
人間は他の生物になれるの?その境界線はどこ?そんな複雑なテーゼを、「何も考えたくないからヤギになる」というシュールでキャッチーな視点から、ビジュアルユーモアもたっぷりに、でもシリアスに検証したこのプロジェクト。もしかしたらかつて鳥を目指したライト兄弟のように、一見おかしなこの取り組みが、新たなプロダクトを生むかもしれない。
この話、新潮文庫より10月28日に発売される『
![ヤギ 牧場](https://d3jks39y9qw246.cloudfront.net/medium/123702/e4922bc72ab2a90b9d98676c2fcf877b15bbc01a.jpeg)
写真はすべて新潮社提供