東京とロンドン、「路上ライブ」の違い

多くの課題を抱えながらも、英国の経済状況はここ20年間右肩上がり。人口や資源において優位とは言えないはずのこの国が、なぜ国際社会においてこれほど高い地位を維持できるのでしょうか?

書籍『現役官僚の滞英日記』(PLANETS)の著者である現役官僚の橘宏樹氏が、自身が名門大学で過ごした2年間の滞英経験をもとに、英国社会の"性格"に迫ります。

第4回となる本記事は、ロンドンの「芸術」がテーマ。

※前回の記事はこちら

無料で見られる「本物」たち

よく知られていることかもしれませんが、大英博物館、ナショナル・ギャラリー、テート・モダン、ヴィクトリア&アルバート博物館など、市内に300以上あるといわれる美術館や博物館の多くは無料です。

しかも、クロード・モネなどの有名作品であっても、ロープ程度しかなく間近で見られます。見張りの学芸員もちらほらとしかいません。

観光客を含めた誰もが、市民全体の共有物として当たり前のように大事に扱っていることは、僕には驚くべきことであるように思えました。ちょうど日本で自動販売機を壊してお金を盗む人がいないことが日本人には当たり前で、外国人には驚きであるように。

無料であるということは、大人も子供を連れていきやすいということであり、お金のない中学生や高校生もデートで来れるということ。芸術家を志す若者たちにとっても、歴史が認めた「本物」を毎日見れるのは大きなメリットになりますし、そうした環境が当たり前に享受できるからこそ、世界中から芸術家の卵が集まるのでしょう。

実際、写真撮影も自由で、館内でスケッチをしている人もたくさん見かけます。こうして、当然のように「本物」が極めて身近にあることは、人々の審美眼を養うと思います。

そして、仮にそれらが西洋文化中心主義的な展示内容であろうとも、審美眼のベースが階級や人種を超えて開かれたかたちで共有されることで、「いろいろな芸術に無料で触れられるロンドンはいいよね」と誰もが思うことになるでしょう。

そもそもロンドンには歴然とした階級差が存在しているのですが、様々な国からの移民たちも含めた市民社会の緩やかな統合に、こうした環境が貢献しているようにも思います。

大道芸人が奏でる街のBGM

無料で楽しめるという点では、大道芸にも大きな社会的意味があると思います。

東京でも新宿駅前などでパフォーマンスをしている人々はよく見かけますよね。インディーズのミュージシャンがCDを並べながらやっていたりします。

なんとなくですが、「ゆずに続きたい」というようなタイプの若者が多かった印象です。渋谷のハチ公前では、いつもどこからか太鼓の音がしていたように記憶しています。

しかし、ロンドンの演奏系の大道芸は、東京のパフォーマーたちよりも圧倒的に腕前の水準が高いと思います。僕自身もよく足を止めたり、一度通り過ぎても振り返ったりしてしまいます。東京ではそういうことはあまりありませんでした(ジャンルの好みもあるかもしれませんけれど)。

彼らは帽子やギターケースなどを置いて、投げ銭を集めています。曲の切れ目に、少なくない人数の通行人たちがお金を投げ込んでいます。さすがイギリス、日本とは違って寄付文化が定着している……ということなのでしょうか。

僕はこのコインを入れる人々の気持ちのなかに、「すごいパフォーマンスだと思うので対価を払います」といった気持ちに加えて、なんとなく「私たちのために、わざわざその素晴らしい技芸を提供してくれてありがとう」というお礼と労いの気持ちも含まれているような印象を受けています。頑張っている若いミュージシャンを応援してあげたい、という感じよりも、技芸に対する純粋なリスペクトの方を強く感じます。 

それから、彼らの演奏は、なんというか「うるさくない」のです。

音量や音質、選曲はもちろん、全体として、公衆の面前で演奏をしているわけではありつつも、「どうだ!」という個性アピールや目立ちたいという自己顕示は感じられず、すっと心に入ってくるような、その場に溶け込んでいるような耳心地が良いものが多いです。

その空間のBGMが生音であるというだけで、あたかも「この場所にBGMがあったらいいなと思ったから自分が提供しているだけだ」というぐらいの感じ。だからみんなも「ありがとう」という具合なのです。

この街では、大道芸はパフォーマー自身だけでなくその場所で仕事したり生活したりする人々の誰にとっても心地良くあるべきだ、という精神が広く共有されているからなのかもしれません。

実際、大道芸人のパフォーマンス可能な場所や時間については、市役所とストリート・パフォーマー団体との間の合意に基づいたガイドラインが定められています。昨年には、レパートリーが少ないミュージシャンは演奏が終わり次第すみやかに移動するべし、といった新ガイドラインも発表されました。

警察が規制するか、しないかの二元論ではなく、管理方法を一緒にみんなで考えるスタイルなわけです。

ちなみに、一般的にも、イギリスはじめヨーロッパでは、政府ではなく公益法人のような団体にルール作りや管理を委託したり、逆にEUレベルで一律に決められたりと、政府ではない主体が規制行政を担うことが増えています。官僚として大変学ぶところが多いです。

橘 宏樹(たちばな ひろき)

官庁勤務。2014年夏より2年間、英国の名門校LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス)及びオックスフォード大学に留学。NPO法人ZESDA(http://zesda.jp/)等の活動にも参加。趣味はアニメ鑑賞、ピアノ、サッカー等。twitterアカウント:@H__Tachibana

第三回となる本記事では、2年間の滞英経験をもとに氏が感じた、日本と英国の街の雰囲気、人々の違いについて。
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