ロンドンに点在する「緑色の小屋」の謎
今回は僕の地元ロンドンにある「緑の小屋」の話題です。
とはいえ、ロンドン市民でさえほとんどの人はその存在を知らないと思います。自分たちの大切な文化だというのに!
僕がこの小屋を初めて見たのはロンドン大学に通っていた頃。キャンパスの近くにあるラッセル・スクエアという公園の角にありました。いつも遅刻気味だったので、講義に遅れないよう急いでこの小屋を通り過ぎたものです。
僕が見る限りこの小屋はほとんど使われていないようでしたが、夕方には明かりが灯っているし、クリスマス時期になると飾りつけられていました。僕にとってちょっとしたお化け屋敷のような存在だったんです。
ところが、最近になってこの小屋の前を通りかかると、年配の男女が窓ごしに紅茶やパン、スコーンを販売していました。外にはベンチもあります。ちょっとしたカフェになっていたんです。
好奇心旺盛な僕は、この小屋はいったい何なのか、スタッフの女性に尋ねてみました。
彼女によると、この小屋は「Cabman's Shelter(キャブマンズ・シェルター)」という名称で、Black Cab(ロンドンのタクシー)のドライバーが、休憩したり、交流する特別な場所だそうです。
親切な方でしたが、僕がシェルターの中に入ることは許してくれませんでした。理由は僕が“ナレッジ”を持っていないから(日本語では奇妙に聞こえるかもしれませんが、英語でも同じです。ご心配なく!)
ナレッジの正体とは?
ナレッジがないと言われた僕……。そもそもナレッジとはなんなのか?早速調べてみました。
すると、ナレッジについて、そして、緑の小屋ことキャブマンズ・シェルターについての興味深い事実を見つけることができました。
キャブマンズ・シェルターの歴史は古く、1875年にはじまった施設だそうです。当時の目的は、馬や馬車の御者の休憩所。とくに冬の寒さを凌ぐために機能していました。厳格なビクトリア朝の時代(1837年~1901年)の規則が受け継がれており、賭博やカードゲーム、卑語は禁止。もちろん飲酒も許されていませんでした。
その後、ロンドン全体で60以上ものシェルターが建てられましたが、現在では13が存在し、そのうち10のシェルターが使われているそうです。
緑色の正体は、デュラックスブランドの「バッキンガム・パラダイス・1グリーン」という塗料。シェルターは色だけでなくインテリアに至るまですべて同じもの使用することが決められており、歴史的建造物として維持する努力がなされています。シェルターにはドライバーたちのコミュニティがありますが、悲しいことに縮小傾向にあるようです。
その理由のひとつが、ナレッジです。
ナレッジというのは略称で、正式には「ザ・ナレッジ・オブ・ロンドン(ロンドンの知識)」と言います。これは1865年にロンドン市が導入した資格で、取得のための試験に合格するには、チャリング・クロス駅から半径10km以内にあるほぼすべての通りの名前を覚える必要があります。その全長は約330km!これをすべて把握するのに、平均的に3年から4年かかると言われています。
そう、ナレッジを有して、シェルターのコミュニティに参加するのは並大抵のことではないのです!
ロンドンのタクシードライバーの記憶力のすごさは世界的にも有名ですが(実際、英国の科学者は、彼らの脳の研究を行ったこともあるぐらい!)、2018年現在にいたっても、ほとんどのブラックキャブにナビがついていません。彼らはそれほどに優秀なのです。
しかし、今日ではロンドンでタクシードライバーになりたい人は減っています。多くの若者はUberやAddison Leeのドライバーになります。給料が少なくても、必要な知識はナビに任せることができます。運賃が安くなることもあるので、乗車するほうもどんどんそちらに流れています。
ロンドンではタクシーに乗ってみて!
僕はいちロンドン市民として(今は東京に住んでいますが)、ブラックキャブのドライバーたちの仕事に対する献身振りを尊敬しています。だから彼らのためのシェルターがあることをとてもうれしく思います。
東京の親切なタクシー運転手にも非常に感謝していますが、彼らは時々路肩に駐車して車内で寝ていますよね?日本にもシェルターがあったらいいのに、と思います。
さて、僕がこの記事で伝えたかったのは「ロンドンではタクシーに乗ってみて!」ということです。そして、彼らとの会話を楽しんでください。知的でユーモラスな方がたくさんいますよ!