無駄を楽しみ、多くは持たない。「生涯旅びと」でありたい。ー俳優:尚玄
俳優、モデルとして活躍中の尚玄氏。彼にはプロフィールには載らない“旅人”というもうひとつの顔がある。彼にとって、旅とはなんなのか? それは表現にどう役立っているのか?
沖縄県出身。俳優、モデル。デビュー作『ハブと拳骨』で高い評価を受け、数々の映画、テレビ、舞台に出演。ショーモデルとしても活躍。 映画『太秦ライムライト』、人気格闘ゲームを実写化した『ストリートファイター:暗殺拳』が現在公開中。『新撰組オブ•ザ•デッド』が来年に公開を控えている。
001.
旅する理由なんてなくていい
尚玄さんは、無類の旅好きとお聞きしています。自身が記憶する旅のはじまりはどのようなものでしたか?
子どもの頃、夏休みに父親が突然飛行機のチケットをポンと僕に渡して言うんです。「松山行って来い」って。当時は嫌だったけど、今思うと父親なりの教育の一つだったんだな、と(笑)。
だからというわけではありませんが、大学卒業後は、モデルとして本場で勝負するためにミラノ、パリ、ロンドンへ。休みがあればバックパックを背負ってフラッと隣国のドイツやスイス、またタイやラオス、カンボジアといったアジア諸国へも足を延ばしました。僕には、旅をすることが染み付いるんですよね。自然に行くようになって、止めるなんて一度も考えたことがないですから。
002.
あなたは、“無駄”を楽しめていますか?
旅先での過ごし方など、尚玄さんにとっての旅のスタンスは?
目的地に着き、「さあ、どうしようかな?」から始まるのがいつも僕の旅(笑)。だいたい予定も決めません。とにかく現地の人に会う、話す、自分の足で歩いてみる、これが一番! 偶然出会った素敵な家族に受け入れてもらったり、地元民だけが知るガイドブックに載らないような場所が言葉にならないほどの絶景だったり。これこそ、僕にとって一番幸せな瞬間です。
とは言いつつ、予定を決めないと想定外のミスやロスも必ずあります(苦笑) そんな普段ならついイライラしてしまうことを、いかに楽しめるか? どうポジティブに捉えられるかどうか。“無駄”を無駄にしない、そう感じられたら状況がいい方向に進み出すんですよ。
003.
手放すとは、新しく何かを手に入れるということ
では、今までの人生の中に色濃く残る、またはターニングポイントとなったような旅はありますか?
なかでも、一番大きな転機となったのは、NYでの俳優修行です。当時、自分で言うのもなんですが、俳優・モデルとして安定していて「これから!」という時期だったんです。なぜ、そのタイミングで留学したのか? きっかけはデビュー作の『ハブと拳骨』でNYの映画祭に招待されたことでした。その際、かの有名なアクターズスクールでハーヴェイ・カイテルのワークショップを見学させてもらったんです。
衝撃でしたね。彼ほどのスターが、その地位に胡座をかくことなく、まだ高みを目指している。半年後、気づいたらNYにいました(笑)。
衝動的な渡米では、多くを得ましたが、同時に多くを失うことでもありました。それこそ生活用品など一切合切捨てちゃったわけですから。
ただ、それも自分にとってはプラスでした。身軽で背負うもののない自分。そうなった時、本当の意味で「俺はどこへでもいける!」と自由になれた。だから、今に至るまで、家具や家電は持っていません。
さまざまな経験を外よりも内にストックしたいと思うようになったんです。
004.
自分を知れば、他者を理解できる。演じられる。
結果的に、旅は役者・尚玄さんにとって好機となり、長所をより強靭なものとしてくれたのですね?
自分をより知ることで、他人を理解できる。そして演じられるんだと思います。
マイズナーテクニックという、僕が以前やっていたメソッドがあります。このテクニックは、一旦理性を取り払って、衝動的になる作業から入ります。人間は年を重ねるごとに理性が働くので、本当の意味で自分がどこで怒るのか、どういう時に自分が悲しむのかということを自ら麻痺させて生きてしまう。
自分のトラウマやコンプレックスを隠したり、怒れずにいる自分にふと気づく時ってありますよね。僕らはわかっていないんです、普段どれだけ自分の感情を押し殺して生きているか。
人間の感情は風化されていくものなので、メソッドを使うアクターは自分がどういうことで心が動かされるのかを常に自問自答します。本当の意味で自分と向き合うのは楽な作業ではないですが、それは役を演じる上でとても大切なことです。
005.
旅にゴールはない。
死ぬまで続くのだから
そうやって自分を探求したり、旅する中で得られた大切なものは何でしょうか?
アメリカで師事したスーザン・バトソン――彼女はニコール・キッドマンの先生でもある、アメリカでは有名なアクティングコーチです――は、ある時、僕にこう言ってくれました。
「旅を続けてきたからかしら。あなたには偏見が少ないわ。そういう人は役に対しても先入観がないから、アプローチしやすいはずよ」
旅のなかで多様性を受け入れることによって、そうなったんでしょうね。もちろん、そのために旅をしてきたわけではありませんが、俯瞰で物事を見られるのは、旅のおかげであり、演者としての自分の強みになっていると思います。
そして、僕の旅はまだまだ終わっていません。飛行機に乗って旅に出なくても、常に本当の自分を知る作業を続けています。それは“インナートラベル”と言ってもいいかもしれない。死ぬまで、生涯旅人ですよ、僕は。
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