対象は小学生。今、パナソニックが「環境教育」のための教材を作るワケ
パナソニックと聞いて、みなさんはどんなプロダクトやサービスを思い浮かべますか?
家電?乾電池?そのほか、電気にかかわるアレコレ?
多くの人の日常の暮らしと密接にかかわるパナソニックですが、じつは学校教育と深いかかわりをもっているそう。
今回は学校教育の支援を担当する寺岡さんにお話を伺いました。
【担当者プロフィール】
2008年、松下電工入社。ハウスメーカー向けの営業に従事した後、子ども向けの新規事業開発を経て、2021年より次世代向けブランディングの企画に従事。現在はパナソニックセンター東京にて次世代向けブランディング施設「AkeruE」の運営や企画に従事している。趣味は「旅行」。好きな言葉はダーウィンの「唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」。
長年の経験と知見をもとに生み出した
「環境教育」の教材の中身とは?
──パナソニックというと家電や乾電池などの印象が強く、学校教育の支援に携わっていることを知らない人も多いと思います。まずはそこからご説明いただけますか?
寺岡宏恵さん(以下、寺岡さん):じつはパナソニックには学校教育の支援や次世代育成に取り組んできた長い歴史があるんです。
たとえば、江東区有明にあるパナソニックセンター東京には、子どもたちの理数教育の発展を目指した「RiSuPia」という科学館が2006年に設立され、2021年にはパナソニック クリエイティブミュージアム「AkeruE」という施設にリニューアルし、今では年間2万人ほどの子どもたちに来館していただいています。
そのほかにも、小中高生を対象にした映像制作支援プログラムの「キッド・ウィットネス・ニュース」やキャリア教育の「私の行き方発見プログラム」の提供、パナソニック教育財団でもICT(Information and Communication Technology)教育の発展に尽力するなど、取り組みは多岐にわたっています。
パナソニックが次世代育成に力を注ぐのは、未来を作る子どもたちと一緒に、世の中をよくしていこうという思いですが、それは創業者 松下幸之助の「物をつくる前に人をつくる」という考えに基づいたものです。
この文脈のなかで学校教育の支援に取り組むのはパナソニックとして自然な流れではあるんです。
──たしかにパナソニックでは、かつてから次世代育成には積極的に取り組まれていますね。ちなみに、いわゆる学校教育の支援は近年はじめた取り組みなんでしょうか?
寺岡さん: いいえ、1995年から弊社社員が学校に訪問する「電池教室」をスタートし、近年ではオンラインでも授業をおこなっています。
また、2009年度からは、発電機を使って白熱灯や蛍光灯、LEDの特徴を踏まえた実験を通じて、省エネについて学ぶことができる「あかりのエコ教室」も実施しています。
今回は、商品にとらわれず、もっと環境問題について学んでいただこうと、小学6年生の社会科の授業を対象に、地球温暖化について学ぶ授業のコンテンツを作りました。
──これからの時代を担う子どもたちに、地球温暖化に関して意識を高くもつきっかけを提供する内容なんですね。
寺岡さん:はい。これも創業者 松下幸之助の「産業人は営利の追求のみが目的ではなく、事業を通じて社会のため貢献し、その報酬として社会から与えられるのが利益である」という考えに基づいています。
事業によって新たな未来を切り開いていこうと考えたときには、やはり次世代の人たちにこれからも幸せで安定した生活を送ってもらう必要があります。
そのためには、地球温暖化というのは、企業の力を集めて解決すべき最重要課題であり、グループ全体が一丸となって積極的に取り組んでいく必要があると考えているんです。
弊社は世界中に200以上の工場をもち、商品を使ってくださっているのは10億人以上。そのなかで排出されるCO2は無視できない量です。
ただ、パナソニックだけで地球環境問題の解決に貢献しようと努力しても100年後の未来をよくできるかといわれると、やはりそこは難しいので、みんなで、そして社会全体で取り組んでいくことが必要だという思いで推進しています。
──そもそもではあるんですが、学校の授業は文科省などが作るものだと思っていました。
寺岡さん:学習指導要領という指針が文科省によって定められていて、それに準拠した内容であることは必須ですが、実際に採用する教材については、個々の現場の判断に委ねられているんです。
今回は、学習指導要領の社会の単元に合わせた授業を作成しましたが、伝える内容はもちろん、それまでにどのような言葉を習っていてどのような言葉を使うのかや、その言葉を漢字にするか平仮名にするかも学年や年齢によって考えなければなりません。
そこについては、パナソニックには長年にわたって教育現場に携わってきた経験の蓄積がありますので、それをもとに教材を作成することにしました。
特徴的なのは、出張授業やパナソニックセンター東京での校外学習といった課外授業の要素が強いものではなく、学校の先生たちが使う授業の教材として作成していることです。
──学校の先生向けの授業教材とは、具体的にどのようなものなのでしょう?
寺岡さん:教育現場とのかかわりのなかで、学校の先生方も「環境についてしっかりと伝えたいけれど、普段の業務が忙しくてしっかりとした教材を用意できない」という悩みを抱えていることがわかりました。
そこで今回は「ストップ温暖化!カーボンニュートラルで地球を守ろう」と題し、授業用のスライドや動画、ワークシート、事例集から授業進行台本などをパッケージ化したプログラムを制作し、2024年3月の時点で100校以上に採用していただくことができました。
未来の予想が難しい時代だからこそ、教育は本来、未来を先取りした内容であるべきです。
学校をはじめとする教育現場の方々がその忙しさから満足に教材の内容を更新し続けるのが難しいなか、パナソニックが先生方の負担を軽減し、授業の実施に協力することで、これまでの取り組みで得た知見を活かして、子どもたちに良質な教材を届けようと考えているんです。
次世代が明るい未来を
描くための教育支援
──企業としてのこれまでの経験の蓄積があるとはいえ、地球温暖化について学ぶ教材を作るのは一筋縄ではいかなかったのでは?
寺岡さん:たしかに、「環境問題は自分とは縁遠いものだ」と思われないように伝えるのは簡単ではありませんでした。
そして、簡単に解決できるものではないけれど、環境問題は私たちひとりひとりに関係することで「自分たちでも貢献できるはずだ」と感じてもらえるように工夫を重ねています。
また、今の時代、環境問題はとかく悲観的に語られる場合が多いです。
テレビのニュースでも環境に関しては「このままでは危ない」という悲観的な予測や、環境デモとそれに反応する人たちの分断など、暗い話題が多くなりがちです。
でも、私たちは子どもたち一人ひとりが、こうやって環境問題に向き合えるという気づきを得て、未来に希望をもってほしい......。
環境問題の解決策として「我慢」という言葉がよく出てきますが、今の快適さや便利さを損なうことなく、できることをどうやって選び取れるかをしっかり伝えていくことを重視しています。
──環境問題に対する子どもたちのマインドセットを変えるということですね。
寺岡さん:いまや、環境に対する取り組みには120以上の国や地域が声を上げていて、日本においても、企業や自治体など多くの人たちがさまざまにアクションしています。
パナソニックグループでは、2050年に向けて、3億トン以上のCO2削減インパクトを目指しています。 (CO2排出係数は2020年基準)
そういった事実を伝えるだけでなく、授業内のワークショップを通じて計算していくと、自分たちでも年間に20トンほどCO2を削減できることに気づくような内容にしてあります。
──実際に授業を受けた生徒さんの反応は?
寺岡さん:教材ではカーボンニュートラルという言葉がキーワードになっているのですが「環境保護の大事さやカーボンニュートラルとは何かということが分かりやすかった」という声もあるのと同時に、「環境のためにたくさんの大人が頑張っていてカッコいいと思いました」や「世界に少しでも希望があるって知れたのだから、嬉しいに決まっている」といった声をいただいて......未来や世界に対する希望みたいなものを持ってもらえたことが、すごく嬉しいと感じます。
こと日本の子どもに関していうと、自己効力感が相対的に低いといわれています。
環境教育に関しても、今の子どもたちはSDGsという言葉はいろいろなところで耳にするので知っているけれど、自分たちで解決できる問題じゃないから仕方ないと捉えているところはあるように思います。
だからこそ、今回の教材で「大人たちは明るい未来を目指して頑張っているし、自分たちもできることをやろう」と思ってもらえたら嬉しい限りです。
──対象が小学生であることや今の時代に即した教材にするための工夫は?
寺岡さん:今の小学生は授業用にタブレットを配布されていますし、最近はただ授業を聞くだけでなく、自分たちで考えて答えを出すことが重視されています。
今回の「ストップ温暖化!カーボンニュートラルで地球を守ろう」の教材でも、家に帰ってから授業のスライドにあるQRコードを読み取るとクイズが現れてご家族と楽しみながら学べる仕組みになっています。
クイズのなかで「家のなかで実施している環境にいいことはなんですか?」とご家族に質問する項目も入れています。
今後は、ご家族とともに地球温暖化に関して意識を高めていただけるよう、教材や取り組みのなかにもっと盛り込んでいけたらと思っています。
また、地球環境は刻々と変化しているので、教材の内容も絶えずアップデートが必要です。オンラインであれば比較的簡単に新しい情報を盛り込むことができるのも大きなメリットだと感じますね。
──今年から本格的に運用されるようになりましたが、今後の目標などを教えてください。
寺岡さん:実際にやってみて感じたのは、今回は小学6年生用の授業として制作しましたが、思ったよりずっと子どもたちの理解度が高いんですね。
今後は授業の1コマだけでなく、この授業をきっかけとしたプロジェクトが始まることで、より深く子どもたちに関わっていけるといいなと考えています。
それに、学校教育ではそれぞれの年齢で学ぶべき単元が決まっていますが、環境教育についてはもっと小さな頃からはじめてもいいと感じたので、次は少し下の学年向けの教材を作ることができたらいいですね。
教育とは、教員だけ、あるいはパナソニックをはじめとする企業や団体だけがその役割を担うものではないと考えています。
最終的には、この社会に暮らすすべての人たちが、子どもたちの教育にしっかりとかかわっていけるコミュニティができるといいなと思っています。
そして、そのなかで子どもたちが、地球規模へ視野を拡げて、みんながよりよく暮らしていける未来を目指せる社会が理想ですね。