ヴィーナスから美容広告まで。女性の身体を縛る「美」の歴史
パイ インターナショナルが2026年7月23日に刊行する書籍『女性の身体の美術史─理想のヴィーナスから、わたしたちの身体へ─』。ルネサンスから現代まで約500年分の美術作品を通じて、「女性の身体がどう描かれてきたか」を読み解く一冊なのですが、これがただのアートブックでは終わらない理由があります。
500年分の身体表現を一本の糸でたぐる

本書の著者は、米国出身で英国を拠点に活動する美術史家エイミー・デンプシー。代表作『Styles, Schools & Movements』が世界15言語で翻訳されたベストセラーとして知られる研究者です。翻訳を手がけたのは村上由鶴。
掲載されているアーティストは80名にのぼります。ボッティチェッリの《ヴィーナスの誕生》やダ・ヴィンチの《モナ・リザ》といった誰もが知る名画から、フリーダ・カーロ、アンディ・ウォーホル、マリーナ・アブラモヴィッチ、そして日本からは喜多川歌麿や片山真理まで。
この並びを見たとき、正直に言って驚きました。西洋美術史の正典だけでなく、浮世絵や現代の義足のアーティストまでが同じ地平に置かれている。「女性の身体を描く」という一本の糸で500年をたぐり寄せると、こんなにも多様な表現が浮かび上がるのかと。
本書が追いかけているのは、女神や母親といったステレオタイプとして描かれてきた女性の身体が、歴史のなかでどのように「個人」の身体へと変わっていったか、その道筋です。老い、体形、人種、病や傷跡、障害──「理想」を疑い、解体し、多様な身体を肯定するために戦ってきたアーティストたちの実践が、名画の裏側に確かに存在していたことを示しています。
ルネサンスの工房と今朝の中吊り広告

翻訳者の村上由鶴は「訳者はじめに」のなかで、こんな指摘をしています。歴史的な名画に描かれた女性の身体は、単に美しいだけではなく、見る女性たちに「あなたもこうなりなさい」という無言の圧力をかけ続けてきた、と。
さらに村上は、現代の日本でも若い女性のイラストやグラビア、美容整形や脱毛を勧める広告がいたるところで目に入ると述べています。15世紀の絵画に描かれた「永遠に若く、毛がなく、均整のとれた女性像」は、形を変えながら今も女性を抑圧し続けている──そう論じているのです。
この指摘を読んで、ふと電車の中吊り広告を思い出しました。脱毛サロン、ダイエットサプリ、美白化粧品。あの広告たちが提示する「理想の身体」のルーツが、実はルネサンスの工房にまで遡れるとしたら。私たちが「自分で選んだ」と思っている美の基準は、本当に自分のものなのでしょうか。
「きれいだな」はどこから来たのか

美術における女性の身体を見ることは、社会のなかで「理想」が作られ、偏見が反映・強化されていくサイクルに気づくことでもある──村上はそう結んでいます。
この本は、名画の前で「きれいだな」と感じる自分自身の感覚を否定するものではないはずです。むしろ、その「きれいだな」がどこから来たのかを知ることで、自分の身体観を少しだけ客観的に眺められるようになる。美術書でありながら、一種のセルフケアの道具にもなり得る一冊かもしれません。
次に美術館でヴィーナスの絵の前に立ったとき、あるいはスマホで流れてきた美容広告を目にしたとき、「この理想は、誰がつくったんだろう」と一瞬だけ立ち止まれたら──それだけで、500年分の眼差しとの関係が少し変わる気がします。
『女性の身体の美術史─理想のヴィーナスから、わたしたちの身体へ─』
【著者】エイミー・デンプシー
【翻訳】村上由鶴
【発売日】2026年7月23日(木)
【仕様】B5判変型(228×182mm)/ソフトカバー/240ページ(フルカラー)
【価格】本体3,990円+税
【ISBN】978-4-7562-6086-4
【発行】パイ インターナショナル
【公式サイト】https://pie.co.jp/book/i/6086/






