GPSに頼るほど脳は縮む?タクシー運転手が証明した「迷う力」

スマホを開けば、目的地までの最短ルートが一瞬で表示される時代です。
便利になった代わりに、私たちが静かに手放しているものがあるかもしれません。それは「自分の頭で道を描く」という、脳にとってかけがえのない負荷です。

900万件の死亡データが
浮かび上がらせた「異常値」

学術メディア「The Conversation」が紹介した2024年発表の研究は、少し意外な角度から認知症を照らしています。

分析対象は、2020年1月から2022年12月までの米国における約900万件の死亡証明書。443の職業を横断的に比較したところ、アルツハイマー病による死亡リスクがもっとも低かったのは、タクシー運転手と救急車の運転手でした。

全体平均では約60人に1人がアルツハイマーで亡くなっていたのに対し、タクシー・救急車運転手は約100人に1人。年齢や性別、教育水準などを調整しても、この差は残ったといいます。

興味深いのは、同じ「運転する仕事」でも、バスの運転手や航空機パイロットには同じ傾向が見られなかったこと。決まったルートを走る職業と、毎回異なる目的地へリアルタイムで道を組み立てる職業とでは、脳への刺激がまるで違うというわけです。

「道を覚える」が
脳を物理的に変えていた

この話には、もうひとつ強力な伏線があります。2000年に発表された、ロンドンのタクシー運転手の脳を調べた研究です。

ロンドンでタクシーの免許を取るには、中心部から半径約6マイル圏内にある2万5000以上の通りを暗記しなければなりません。「The Knowledge(ザ・ナレッジ)」と呼ばれるこの試験には、3〜4年の準備期間が必要です。

研究者が彼らの脳を画像で調べたところ、空間記憶に関わる「海馬」の後部が、一般の人より明らかに大きかったのです。しかも、運転歴が長い人ほどその体積は増していました。

海馬は記憶と空間ナビゲーションを司る脳の領域であり、アルツハイマー病が最初にダメージを与える部位のひとつでもあります。つまり、道を覚え続ける行為が、病気にもっとも狙われやすい場所を鍛え続けていた——そういう構図です。

GPSを閉じた先にある、
小さな「脳の筋トレ」

2023年の研究では、住んでいる街の構造そのものが脳に影響するという結果も出ています。入り組んだ街路、多くの交差点、多様なランドマークがある環境に暮らす人ほど、アルツハイマーの発症率が低かったのです。

これは裏を返せば、複雑な環境にいても、地図アプリに全てを委ねていたら効果は薄いかもしれない、ということでもあります。

私たちの多くは、もう道に迷うことすら難しい生活をしています。でも、たまにはGoogleマップを閉じて歩いてみる。知らない路地に曲がってみる。頭の中に自分だけの地図を描いてみる。

そんな小さな「不便」が、脳にとっては最高のトレーニングなのかもしれません。効率を手放した先に、思いがけない健康が待っている——タクシー運転手たちの脳が、そう教えてくれています。

Top image: © iStock.com / FlamingoImages
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。