プロテインより哲学書。「自己改善」の新トレンド
プロテインシェイクを飲む姿や、氷水に浸かる「コールドプランジ」の動画をSNSに投稿する——そんな身体的な自己改善のアピールが、ここ数年のトレンドでした。ところがいま、その主役が「哲学書の注釈付きペーパーバック」に変わりつつあるとしたら?
ファッション・カルチャーメディア「SSENSE」のエディトリアルが、この変化を「Intellectual Clout(知性の影響力)」と名づけて論じています。
「脳が腐る」プラットフォームで、
知性が通貨になる逆説
TikTokやInstagramといったSNSは、短い動画を次々とスワイプさせることで注意力を奪う「brainrot(脳腐れ)」の温床だと批判されてきました。
ところが皮肉なことに、まさにその同じ場所で「何を学んでいるか」を見せることが、新しい社会的資本として機能し始めています。
リーディングリストの公開、注釈付きPDFの共有、学習ログをまとめた「デジタルガーデン」。こうした知的消費の可視化が、フォロワーからの信頼や共感を集める手段になっているのです。
背景には、大学の学位がかつてのような安定を保証しなくなったこと、既存メディアや制度への不信感があるとSSENSEの記事は指摘します。
「資格」や「肩書き」の価値が揺らいだとき、人は自分で学びの地図を描き始める。その地図をSNSで公開すること自体が、新しい自己紹介になっているわけです。
250万人が観る「2時間講義」、
正しさより「間違える姿」
象徴的な存在として記事が取り上げるのが、北京を拠点にYouTubeチャンネル「Predictive History」を運営するJiang Xueqin(蒋学勤)氏です。
地政学、ゲーム理論、文明の崩壊、意識論——1本50分から2時間にもおよぶ長尺講義が、250万人以上の登録者と数千万回の再生を集めています。
興味深いのは、彼のスタンスです。Jiang氏は自らの講義で「予測」を行い、しばしば外します。
そしてそれを隠さない。「間違えることで、自分が誤りうる存在だと示している」と語っています。
SNS上の知的パフォーマンスは、ともすれば「正しさの誇示」に向かいがちです。でも彼は、あえて間違える姿を見せることで権威化を避けている。これは従来の「先生と生徒」という関係を根本から覆す態度ではないでしょうか。
「学ぶ姿」を見せることは、
学びそのものを変えるか
日本でも「教養系YouTube」や「読書アカウント」、Notionで学習記録を公開する人が増えています。知的消費をアイデンティティとして見せる動きは、もはや海の向こうだけの話ではありません。
もちろん、「読んでいるフリ」と「本当に読んでいる」の境界が曖昧になるリスクはあります。
でも、少なくとも「知性を見せびらかすこと」がクールだとされる文化は、筋肉やブランド品を見せびらかす文化よりも、私たちの好奇心を少しだけ遠くへ連れていってくれるかもしれません。
枕元に積まれた哲学書が、本当に読まれているかどうかは、実はそこまで重要じゃない。「読みたい」と思わせる空気が生まれていること自体が、すでに何かを変えているのだと思います。






