MIT、バクテリアで動く「生きたトランジスタ」開発。回路基板への応用も
トランジスタといえば、シリコンウェハーの上にナノメートル単位で刻まれる精密部品——そんな常識が、シャーレの中で静かに覆されました。MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究チームが発表したのは、バクテリアそのものをトランジスタとして働かせ、寒天培地の上に「生きた回路基板」を印刷する技術です。
クリーンルームではなく
シャーレで「配線」する
この研究を率いたのは、MIT生物工学科長のChristopher Voigt教授。論文は2026年8月、学術誌『Nature Chemical Biology』に掲載されました。
使われたのは、植物の表面などに普通に暮らしている細菌「パントエア・アグロメランス」です。研究チームはこの菌を遺伝子操作し、特定の分子で「オン」になるタイプと「オフ」になるタイプ、2種類のトランジスタをつくりました。
さらに、信号を次のトランジスタへ受け渡す中継役の菌を3種類設計。合計わずか5種類の菌株を、音響式の液体分注装置で寒天培地に「印刷」します。
各コロニー(菌の集落)の間隔はおよそ5ミリメートル。菌が放出する小さな分子が隣のコロニーへ拡散することで、電子回路の配線のように情報が一方向に流れていく仕組みです。
驚くのは、配置パターンを変えるだけで異なる回路が組めること。追加の遺伝子改変は不要です。論文では、2つの入力を足し合わせる「加算器」まで実証されており、その回路は24個のバクテリアコロニーで構成されていました。
「育つ回路」が届く先は
畑かもしれない
これまでの合成生物学では、ひとつの細胞の中にできるだけ多くの回路を詰め込むのが主流でした。しかし、細胞内の部品が増えると互いに干渉し合い、複雑さには天井がありました。
今回のアプローチは、その発想をひっくり返しています。細胞ひとつひとつを独立した部品として外に並べ、組み合わせで複雑さを生む。電子工学の設計思想を、生物の世界に持ち込んだわけです。
では、この「生きた回路」は何の役に立つのでしょうか。研究チームが見据えるのは、植物の葉や根にコーティングする回路です。
干ばつや害虫の攻撃といった環境の変化を菌が感知し、自動的に応答する——いわば「自分で考える作物」への第一歩。農薬の削減や気候変動への適応は、日本の食卓にとっても他人事ではありません。
生き物が「計算する」という
価値観の転換
筆頭著者のHamid Doosthosseini氏はMIT Newsの中で、「この5株で、一般的なコンピュータの初期部品を構築した。あらゆる演算がこの5株で構築可能だ」と語っています。
もちろん、シリコンチップの処理速度に並ぶ日が来るわけではないでしょう。けれど、回路が「製造する」ものから「育てる」ものへと変わるとき、テクノロジーと自然の関係そのものが書き換わります。
寒天培地の上で静かに増殖する24個の菌のコロニーは、私たちが「計算」や「機械」に抱いてきたイメージを、根っこから揺さぶる小さな一歩なのかもしれません。






