東京の再開発が進む今だからこそ「シブいビル」に熱視線を
昨年の9月にユニークな本が出版された。
タイトルは『シブいビル』。
1960年代~70年代の高度経済成長期に建てられた東京のビル群を愛でるという内容で、紹介されているラインナップは以下の通り。
東京交通会館、有楽町ビル・新有楽町ビル、新橋駅前ビル、日本橋高島屋の増築部分、中野ブロードウェイ、ソニービル、紀伊国屋ビル、ホテルニューオータニ、ロサ会館、サンスクエア、ホテルオークラ東京 別館、パレスサイドビル、三会堂ビル、目黒区総合庁舎、コマツビル、新東京ビル・国際ビル。
いずれも、東京で暮らし働いている人にとっては馴染みがありすぎて「昔からある、古いビルだよね」ぐらいの感覚かもしれない。
この本は、多くの人が日常で素通りしているそんな建物たちに対して「ただ古いだけじゃなくて、とってもシブいでしょ? おもしろいでしょ?」と、新しい視点を与えてくれる。
五輪を控えた東京はこれから新しくなっていく(というか、今でもどんどんビルが建ってる)。そんな今だからこそ、半世紀前に建てられた建築物に思いを馳せてみるのも一興だ。
著者の鈴木伸子さんにお話を伺いつつ、“シブいビル”を見ていこう。
【パレスサイドビル】
過去には、観光バスのルートにも。階段の手すりなど細部まで、見所がいっぱいです。
「本のなかでは東洋一のオフィスビルと紹介していますが、まさに! 今でもその風格を感じられるビルです。竣工当時は、観光バスのルートにも組み込まれていたんだそうですよ」
「今では少しレトロに感じるかもしれないけれど、よくよく見てみるとエレベーターホールは近未来的なデザイン。当時はSF映画の舞台のように感じられたでしょうね。観光スポットだったのも頷けます」
「正面エントランスの階段は、とても重厚感のある大理石。木製の手すりは、すべり台のようなサイズで、手すりとしての役割云々よりも、余裕のあるデザインに目が行きます。さりげないけれど、凝ったつくりですよね。こういうところが“シブい”んです!」
【目黒区総合庁舎】
もともとはオフィスビル。現在は区役所なので、見学がしやすい(笑)。
「『シブいビル』で取りあげているビルの多くは、建築家として有名な方が手掛けたものではないんですが、こちらは巨匠村野藤吾さんの作品。もとはオフィスビルだったのを、移転に際して目黒区が取得し、現在に至ります。外観からして、とても芸術的!」
「目黒区民はご存知かもしれませんね。このビルのなかには、なんと和室があるんです。オフィスだった頃には、社員のクラブ活動が行われていたとか。和室は村野建築の特徴でもあるので、このまま残してもらいたいものです」
【中野ブロードウェイ】
ショッピングモールのイメージが強いけれど、じつは超高級マンションでもあります。
「現在ではショッピングモールのイメージが強い中野ブロードウェイは、商業施設×マンションの複合体として建てられています。約50年前は、それこそ今で言うところのラグジュアリーマンションのようなポジションで、タレントや著名人が暮らしていたことも」
「ホテルのような赤いカーペット。高級物件のはしりだったことがわかります。60年代の香りがするクラシックな感じがいいですよね」
「そして、中野ブロードウェイの屋上には居住者用のプールもあるんです! 眺望も素敵です」
【新橋駅前ビル】
調べても、なぜこのカタチになったのかわからない…設計者の遊び心なのかも!?
「新橋駅のランドマークとなっているビル。よく見ると無造作に積み木をつみ上げたような外観になっています。このカタチが気になっていろんな人に話を聞いたんですが、理由はまったくわからない。プロの建築士に聞いても“遊び心じゃないかな”の一言。こういった理屈ではないデザインも、高度成長期に建てられたビルの特徴です」
【新宿駅西口】
この駅前の風景って、歴史映像とかで見ても、ほとんど変わってないんですよね。
「よくNHKなんかで古い映像が流れるじゃないですか? それで見ても新宿駅の西口ってほとんど今と変わってないんですよね。基本的に約50年前の東京オリンピックの際に整備したまんま。日本の都市においては、奇跡的な場所ですよ!」
「なかでも注目は、ロータリー中央で存在感を放っている換気口です。壁面がカラフルなタイルになっていて“洒落てるな〜”なんて思っていたら、新宿駅西口では地下への階段など、いろんなところで同じタイルが使われていることを発見しました。当時ちゃんと統一感を持って空間がデザインされていたことが伺えます。だからなんだ? と言われればそれまで。このタイル、シブくないですか?」
なぜ今、“シブいビル”なのか?
ーーなぜ今、これらのビルに注目したんでしょう?
高度経済成長期に建てられたビルって、その多くが50年ぐらいが経過していて、耐震の問題とかもあって、そろそろ建て替えの時期にきてるんです。耐震補強するよりも、建て替えたほうが安くつくってこともあるので、これからどんどん壊されちゃう危機にあるわけです。
そうなる前に、価値に気づいてもらいたいなって思ったのが、ひとつのきっかけですね。
ーーその価値というのは?
日本の高度成長期を支えてきたっていう歴史的事実もあるし、50年経って風格みたいなものも出てきている。私と同世代の人は子どもの頃からの思い出みたいなものが、ビルと共にある人もいるでしょう。
というのも、当時は木造一軒家がほとんどの時代。いろんな人が出入りする商業ビルやオフィスビルっていうのは、今では考えられないぐらいハレの場だったんです。レストランがあって、ショッピングが出来て、遊園地のような存在だった。ビルによっては人が住んでいたりもするので、いわば立体都市とも言えるかもしれませんね。
例を挙げると、ニューオータニの回転スカイラウンジなんてオープンした当初は17階から1階までお客さんが並んでたって逸話があるぐらい。あまり知られていませんが、ニュー新橋ビルはもともとアパートとしての機能もあって、現在でも住んでいる方がいらっしゃるそうですよ。
個人的にも、子どもの頃ソニービルのスキップフロアで用もないのに、階段を昇ったり、降りたりして遊んだ思い出がありますね。
ーーたしかに、この本に掲載されているビルには、一種のノスタルジーを感じさせる魅力がありますね。
ただね、ノスタルジーだけじゃないんです。最初は私も原体験から興味を持ったわけですが、調べていくと、建築物としてもこれらのビルには、いろいろとおもしろいところがあって。
というのも、当時はビルも手作りの時代なんです。今の工場で作られた材料を組み立てるようなビルとはちがって、ところどころにクラフト感があります。
なんせ今ほど建材が発達していない、尚且つ人件費が安かった時代です。モザイクタイルの壁画とか、テラゾーと言って細かく砕いた石をモルタルに混ぜて左官屋さんが仕上げた床とか、細かい意匠に遊び心が感じられるんですね。近代的なビルなのに、人の手がかかっていることがわかるーー今ではコストも合わないだろうし、絶対に作れない。ある意味、のどかな時代の作品だと思うんです。
ーーそういった建築物としてのおもしろさに、鈴木さん以外にも気づいている方々はいるんでしょうか?
建築史学者たちがそういった“価値づけ”に動き出してはいますが、世の中の動きとしてはまだまだこれからだと思います。
ただひとつのターニングポイントだと思っているのが、日本近代建築における父ともいえるコルビュジエの国立西洋美術館が世界文化遺産に登録されたことです。
この本で取りあげているビルは、コルビュジエの弟子やその影響下にある建築家が設計したもの。そういった意味では、国立西洋美術館は“シブいビル”のリーディングヒッターと捉えています。
ーー国立西洋美術館の世界文化遺産登録をきっかけに、評価されていく?
だといいな〜と(笑)。
そもそも歴史的建築物として捉えた時、約半世紀という期間は中途半端と言えば中途半端なんです。そこに時間や感情とかが重なっていって、もっと古くなって歴史的となるわけですから。
だからこそこれらのビルには、総称がないんです。様式建築でもなければ、わかりやすい共通項もない。だけど、この時代の建物だけに通底する、魅力がある。それを私は“シブいビル”と名付けたわけです。
ーーとっても的を得たネーミングですよね。見れば見るほど、これらのビルはシブい!
でしょう? 今、みんなでシブいって言わないと、本当にシブいビルはなくなっちゃうんですよ。その前に、という思いで私はこの本を上梓したわけです(笑)。