旅行の文脈における「バイオハッキング」とは?リゾート地が最新テクノロジーを導入して健康介入を行うトレンド、一流ホテルが相次いで参入【2024年最先端旅行トレンド】

“人生100年時代”と言われるいま、健康意識が高まっていることは言うまでもありません。

日頃の取り組みはもちろんのこと、最近ではメンタルケアも兼ねて「健康のために旅行をする」という人が世界的に増えてきているようです。

経済や社会、目まぐるしく変わる世界の中で、いま最も“アツい旅”とはどんなものでしょうか。本特集では、時代を先取りする世界の旅行トレンドを紹介し、あなたにフィットした休日を見つけるためのインスピレーションを提供します。

今回は、近年世界でトレンドとなっている、旅行文脈における「バイオハッキング」の意味やメリットをご紹介。

旅の新たな目的
「バイオハッキング(Biohacking)」とは?

「バイオハッキング」は、生物学や遺伝学、神経科学、栄養学などを基に、自身の体や脳のパフォーマンスを向上させるための手法です。

これが一般的な健康管理法の実践と異なるのは、科学的データやテクノロジーに沿った先進的な取り組みに加え、自然療法や代替方法も内包した包括的なアプローチであるということ。

効果を期待できる範囲も広大で、効率的に自分に合った選択肢を選べることから“DIYバイオロジー”と呼ばれることもあります。

そして昨今、このバイオハッキングが「旅行」の文脈で注目の的に。

特に高級ホテルやリゾートが積極的にこの分野に取り組んでおり、最新のバイオハッキング技術を取り入れたサービスは、MZ世代を中心に世界的なトレンドとなってきています。

例えば、カウアイ島のホテル『1 Hotels Hanalei Bay』でウェルカムドリンクとして提供されるのは、お酒ではなく“ビタミンB12のショット”。また米『Within Wellness』の客室には、細胞再生を刺激する赤外線サウナなどの回復ツールが備えられていたり、サムイ島のリゾートではオゾン療法や高気圧酸素室まで導入されるなど、まるでSF映画のような再生施設も珍しく無くなってきているのだとか。

さらに、アーユルヴェーダのような伝統的な健康法の側らにウェアラブルデバイスやAIによる健康モニタリングを受けられるような場所も多く、これまでの(ナチュラル志向的な)サービスをも包括し、パーソナライズされた体験を提供するのが最先端のリゾート。

こうしたサービスは、テクノロジーとウェルネスを融合した新しい旅行を体験し、健康志向の高い現代人のニーズを満たす有力な手段なのです。これまでのウェルビーイングとは一味異なる、“バイオハッキング・トラベル”のメリットを見ていきましょう。

トレンドの理由:
旅でバイオハッキングするメリット3点

その1:多面的な健康効果を得られる

まず、バイオハッキングのメリットとして、短期間で健康改善の効果を実感できる点が挙げられます。科学的に裏付けられた様々な手段を通して、疲労回復や睡眠の質向上、集中力の強化、ストレス軽減まで、すぐに実感できる効果がたくさん。

例えば、古くから存在するバイオハックである「クライオセラピー(低温療法)」。外傷時や運動後のクーリングやアイシングはよく知られていますが、昨今では-100°C以下の低温室に浸ることで全身の細胞に影響を与える「WBC(Whole Body Cryotherapy)」が注目されています。炎症の減少、筋肉回復のスピードアップ、代謝や気分の向上などの即効性メリットがあるそうです。また、人によってはサウナのように“ととのう”感覚を気に入ることもあるでしょう。

一方で、細胞レベルでの体内改善が行われることは、長期的な健康メリットにも繋がるはず。オゾン療法(血液を取り出してオゾンに作用させた後、体に戻す点滴)はエネルギーや脳機能の強化、さらに免疫系の強化を促し、将来的な病気リスクを低減させます。またフォトモジュレーションでは、特定の光エネルギーを浸かってミトコンドリアを刺激することで、コラーゲンの調整や認知機能の改善も期待できるとか。

加えて、ホテルやリゾートが提供するサービスでは、短い期間に複数の手法を組み合わせられるのもポイントです。ホテルへの滞在中、上記のような最先端の処置を受ける傍ら、並行して食事療法や自然療法を行なうことも可能。

バイオハッキング・トラベルによって設備・環境が整った施設に滞在することで、短期・長期双方の視点から総合的なコンディションを整え、健康寿命を伸ばすことができるのです。

Reference: Forbes

その2:「パーソナライズド」なウェルネスを体験できる

ホテルによって提供されるバイオハックサービスの多くは、個々の健康状態やニーズに基づいてカスタマイズされるため、自分にとって最適な体験ができる点も大きな魅力。

遺伝子検査やホルモンレベルのチェック、睡眠データなどの情報を基に専門家やAIによる細かい分析が行なわれ、様々なメソッドの中から自身にとって最適なプログラムを選択できる。こうした「パーソナライズド」なウェルネスを一手に体験できる場所として、ホテルやリゾートは最も効果的な施設となっているのです。

逆に言えば、これは「自分に合わせたカスタマイズ」が可能かどうか、しっかり見極めてから体験する必要があるということでもあります。米コロラド州の長寿クリニック「Boulder Longevity Clinic」の医師はこう語っています。

「マグネシウムやビタミンCのように十分な摂取が難しい成分もある一方で、NADやグルタチオンのように過剰摂取になるものも存在します。 これらには大きな個人差があるのです。」

バイオハッキングを行うなら、利用する施設が医師によって監督されたものであるか、しっかりと確かめる必要があるでしょう。

また、ホテルで提供されるバイオハックのサービスはリフレッシュを目的としたものが多く、解放的な時間を提供してくれます。

旅先で心身を整えることで忙しい日常から解放され、「自分らしい時間を見つめる機会になる」という意味でも、バイオハッキング・トラベルは“パーソナルな体験”になるはずです。

その3:自己改善を始める貴重な機会になる

ウェルネスやセルフケアに興味はあるけれど、どこから手をつければいいか分からなかったり、機会に恵まれないと感じている人もいるでしょう。「自己改善をはじめるきっかけ」を与えてくれるのも、バイオハッキング・トラベルの魅力の一つ。

リトリートに満ちた施設で素晴らしいウェルネスを体験すれば、最高の旅行の記憶として残るはず。ここから、旅行者は健康状態に対してより自覚的になり、日常生活でも自己改善に取り組む意欲が高まるというわけです。

以前から健康のために旅行をする人は少なからずいましたが、その多くはマクロビやヨガのようなナチュラル志向で、やや敷居の高い存在でした。テクノロジーの文脈が迎合したことで、バイオハッキングは多くの人にとってより分かりやすく、よりパーソナルなウェルネス体験を与えられるのです。

また、滞在中に得たデータや体験は、帰宅後も健康的なライフスタイルを続けるための指針となり、長期的に自身の健康管理を促進するモチベーションを与えてくれます。

従来のリラクゼーションメニューとは異なり、具体的なパーソナルデータや研究に基づいたプログラムが提供されることで「本当に効く」と感じる体験ができるのは、バイオハッキング・トラベルならではの長所なのです。

流行の背景は、健康寿命への注目が高まる中での
「カスタマイズの重要性」と「AIの迎合」

旅行はセルフケアやリラックスの意味を持ち合わせていますし、人々が健康を求めて旅立つ文化は、古代シュメール人の時代からあったそうです。マクロビやヨガ、アーユルヴェーダなどを提供するリゾートが前から存在していたことは、みなさんもご存知のところかと思います。

では、最近になって旅行の文脈でバイオハッキングがトレンド化した理由とはなんでしょうか。

一つは言うまでもなく、昨今の健康寿命への注目でしょう。

パンデミックを経て加速したウェルネスへの意識は、今や「ただ長生きする」のではなく「晩年も生き生きと暮らす」ことにシフトしました。一般的にLongevity=(健康)長寿と呼ばれるこの意識変遷は、ウェルネスやリトリートに新しい視点をもたらすきっかけとなったのです。

また、同時に広がった「パーソナライズ重視」の風潮も、この変化に拍車をかけました。

多くの人が長寿を見据えた健康志向を抱くようになったことで、そのニーズは多様化し、様々な健康目標に基づいてカスタマイズされたサービスが求められるようになりました。バイオハッキングは、この需要に応える“パーソナライズドなウェルネス体験”として注目を集めたわけです。

そして、これを実現させたのがAI技術の進展。

「AIとバイオハッキングを組み合わせることで、ウェルビーイングをかつてないほどコントロールできるようになります。 何万ものデータを収集し、人々の体や脳がどのように機能しているか、そして生物学的な年齢まで把握できる──私たちはそのデータから、人々をバイオハック技術とAI機器によるパーソナルな旅へと導きます」

米国のバイオハッキング施設チェーン「Upgrade Labs」の担当者は『コンデナスト・トラベラー』に語っています。

これまで、生物学などを利用して身体強化やパフォーマンス向上に取り組むことは、アスリートをはじめとする限られた人たちの特権でした。大衆向けとしては、一人一人のデータを分析し適切な処置を提案するのが難しかったのです。

ところが、近年になってAIが普及したことにより、多くの企業が膨大なデータを分析・学習し、パターンから適切な回答を提示することが可能となりました。

かねてよりリトリートサービスを提供していたホテルはこの変化をいち早く読み取り、自社のサービスを革新的なウェルビーイングサービスへと進化させていった、という寸法だったようです。

バイオハッキングは、寿命100年時代の
「旅のNEW STANDARD」になる?

バイオハッキング・トラベルについて紹介した『Fortune』誌の記事には、こんな文言が掲載されています。

「この新しい旅のスタイルは、 既存のバケーションにおける常識だった、観光客でごった返す旅行先で、食べ過ぎ、飲み過ぎ、寝不足になるような過剰さへの疑問から生まれた。」

かつて旅のスタンダードとされていた「過剰に遊ぶ」スタイルは、旅行が終わった後、結果的に疲弊して具合が悪くなる、という話。

先述したように、旅行中にバイオハッキングを実践することには、短期的に効果を実感できるだけでなく、健康寿命を延ばす長期的なメリットがあります。ウェルネス特化のクルーズを運営するSTORYLINES社のCEOは、自らを「消費者の“無頓着に贅沢をするのでなく、健康になって長生きをするために旅をしたい”という願望を利用している」と表現しています。

これを踏まえると、長生きのために旅をするということは、歳を重ねても旅を続けられるということでもある、と思えてきませんか?つまり、「旅で健康寿命が延びる→歳をとっても旅ができる→旅で健康寿命が延ばせる」という素晴らしいループが生じると。

もし将来、これが実現したとしたら、まさにリゾートやホテルが持つ新しい価値と呼べるものになるでしょう。

以前、本連載で紹介したホームスワップの項にて、コスパを追求した質素な旅と、ラグジュアリーなホテルを楽しむ旅との二極化が起きているという話をしました。

高級リゾートによるバイオハッキングへの参入は、こうした二極化に新しい視点をもたらし、多額の費用を払ってでもホテルやリゾート地に宿泊する、旅行客にとっての魅力として浸透していくかもしれません。

Top image: © 2024 NEW STANDARD
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