アート鑑賞の新たな心理的可能性:悲劇的作品を目にすると、保守層ですら共感や同情を覚える【ブルックリン大の研究より】

日常では避けたいと思う悲劇や苦しみをテーマにしたアート作品に、なぜ人は時に心を奪われるのだろうか。

古代の悲劇から現代アートに至るまで、人間の苦悩を描いた作品は後を絶たない。

この不思議な魅力の謎を解き明かすため、ある心理学研究が興味深い結果を報告した。それは、悲劇的なアートが人の心に複雑な感情を呼び起こし、さらには他者への共感を育むという、意外な可能性を示唆するものだ。

悲しみと喜びの交錯 アートがもたらす「感動」と「意味」

「私たちの偉大な芸術作品の多くは、痛みや人間の苦しみを描写しています。逆説的ですが、私たちは個人的な生活で悲劇を避けようとしながらも、これらの悲劇的な芸術作品に惹かれるのです」。

こう語るのは、研究者の一人、ブルックリン大学准教授のJennifer E. Drake氏。彼女の研究チームは、なぜ人が悲劇的なアートに惹かれ、そこにどのような恩恵があるのかを探った。

学術誌『The Journal of Positive Psychology』に掲載されたこの研究では、まずアメリカの成人150人を対象にオンライン実験が行われた。

参加者は、苦境にある難民の姿を捉えた彫刻作品の動画を鑑賞する。これは、難民や移民をテーマに活動する彫刻家 Susan Clinard の作品だ。彼女の作品は、鑑賞者に人間の置かれた状況について深く問いかける力を持つ。

動画を見た後、参加者はどれほど心を動かされたか、体験にどんな意味を感じたか、そしてどのような感情を抱いたかを報告。

驚くべきことに、多くの人が悲しみと同時に喜びといったポジティブな感情も経験していたのだ。そして、この悲しみと喜びが入り混じった複雑な感情こそが、体験を「感動的」で「意味深い」ものにしていることが明らかになった。

アートは人に単純な感情だけでなく、より豊かで多層的な心の動きをもたらし、それが深い内省へと繋がるようだ。

困難なテーマが育む共感
保守層にも見られた変化

最初の実験では、難民に対する参加者の態度の変化をはっきりと捉えることはできなかった。多くが元々、難民受け入れに肯定的だったためだ。

そこで研究チームは、次の実験で対象を変えた。アメリカの政治的に保守的な考えを持つ成人150人に参加を依頼したのだ。

一般的に、保守的な人々は「認知共感性」(他者の視点や感情を理解する能力)が低い傾向にあるとされ、そのため態度の変化がより顕著に現れると期待された。

参加者は前回と同様に、Susan Clinard の彫刻作品の動画を鑑賞し、その前後で移民に対する考え方を測る質問に回答。

結果は注目すべきもので、動画を見た後、参加者の非正規滞在の難民に対する見方は、より同情的なものへと変化したのである。この変化は、鑑賞中にポジティブ・ネガティブを問わず、感情が強く動かされた人ほど大きい傾向にあった。つまり、アートが引き起こす感情の揺さぶりが、他者への共感へと繋がる可能性が示されたのだ。

Drake氏は、「悲劇的なアートを見るとき、私たちはポジティブとネガティブ両方の感情を経験します。これらの感情の経験は、その作品をどれほど感動的で意味深いと感じるかと関連しています。そして最終的に、悲劇的なアートを見た後、難民への共感が高まることを見出しました」と述べる。

この研究は、悲劇的なアートが人に感動や意味を与え、社会的に困難な状況にある人々への共感を育む力を持つことを示した。

もちろん、オンラインでの実験であったため、実際の美術館での体験とは異なる可能性や、態度の変化がどれほど持続するかといった課題も残る。また、今回は彫刻の動画という一つの形式だったが、映画や文学など他のメディアではどうだろうか。

今後の研究では、こうした点をさらに深く掘り下げることが期待される。例えば、美術館で実際に作品に触れた場合の効果や、数週間から数ヶ月後の態度の変化を追跡することで、アートがもたらす共感の持続性も明らかになるだろう。

Reference: tandfonline.com
Top image: © Litay/iStock
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