トイレが心のシェルター。Z世代に広がる「バスルームキャンピング」という逃避術
現代社会のストレスから逃れるため、若者たちが奇妙な場所に安らぎを見出しているようだ。Z世代を中心に、バスルームに何時間も閉じこもり、ただそこに「存在する」ことで精神的な休息を得ようとする動きが広がっている。
この現象は『バスルームキャンピング』と呼ばれ、SNSを通じて新たなセルフケアのかたちとして認知されつつある。
TikTokから広がる新たなセルフケアのかたち
このトレンドは、ショート動画プラットフォームTikTokで注目を集め始めた。
ユーザーたちは、過剰な刺激に満ちた日常から一時的に離脱し、神経系をリセットするために『バスルームキャンピング』を実践するという。それは、誰にも邪魔されない孤独な時間を取り戻すための、いわば自己処方的なセラピーなのかもしれない。
あるTikTokユーザーは、自身が20年にわたってこの習慣を続けてきたと語る。パーティーや職場、あるいは一人で家にいる時でさえ、人生が過剰な刺激に満ちていると感じた時にバスルームへ向かうらしい。
彼にとって、数時間の「キャンプ」は、セラピーよりも安価で、誰からの評価も伴わない貴重な時間なのだ。この投稿には「自分だけがやっている奇妙なことだと思っていた」「バスルームはずっと私の安全な場所だった」といった共感のコメントが数多く寄せられた。
占拠される個室と背景にある心の叫び
しかし、この行為を誰もが歓迎しているわけではない。
特に職場や公共施設など、限られた数のトイレを長時間占拠することに対しては、批判的な声も上がる。「もしあなたが用を足していないのなら、本当に必要な人に場所を譲ってほしい」という切実な訴えも見受けられる。
一方で、この現象は単にSNSのトレンドや、若者の奇行として片付けられるものではないようだ。一部の人々にとって、バスルームはトラウマからの避難場所としての役割を担ってきた。あるユーザーは、父親が酔って暴れている間、鍵のかからない自室から逃れてバスルームに隠れていたと告白。
また、パニック発作を乗り越えるために一晩中バスルームで過ごしたという人もいる。
なぜ若者は静寂の空間を求めるのか
専門家もこの動きに注目し始めている。メディア心理学を専門とするCynthia Vinney氏は、シャワーを浴びながら座り込む、あるいはバスルームに引きこもるといった行動は、うつ病や不安障害のサインである可能性を指摘する。
バスルームの個室が提供する一時的な安心感は、根本的な問題解決には繋がらないという見方だ。
とはいえ、鳴り止まない通知音や絶え間ない情報に追われる現代において、鍵のかかる静かな空間の価値は計り知れない。
たとえ無機質な照明と清潔とは言えない床の上であっても、そこは社会から唯一、一人でいることを許された聖域なのかもしれない。
バスルームキャンピングの広がりは、若者たちが直面する精神的な負荷と、彼らが切実に求める安息のありかを浮き彫りにしている。






