「もう年だから」が心を蝕む。データで見えた“セルフ・エイジズム”の影響
千葉大学が2026年8月6日に発表したプレスリリースによると、同大学予防医学センターと京都大学、北海道大学の研究チームが、高齢者が日常で受ける年齢差別を測る日本初の質問票「EAS-J」を開発しました。そこから浮かび上がったのは、意外な「加害者」の正体です。
問題は見えていたのに
日本には「測る道具」がなかった
WHO(世界保健機関)は2021年、年齢を理由にした偏見や差別——いわゆる「エイジズム」を、世界的な公衆衛生上の課題として位置づけました。
高齢者を笑いのネタにする冗談、「耳が遠いでしょ」と能力を決めつける言動、頼んでもいないのに差し出される過剰な手助け。こうした日常のなかの小さな偏見は、確かに存在します。
ところが、日本にはそれを「測る道具」がありませんでした。問題があるのは薄々わかっていても、数値化できなければ対策の議論すら始められない。
そこで研究チームは、米国で開発された評価尺度「Everyday Ageism Scale(EAS)」を土台に、日本語と日本の文化に合わせて調整した「EAS-J」を作りました。全10項目、3つの側面から日常的なエイジズムを捉えます。
62〜75歳の方々に「この質問文をどう理解したか」を丁寧に聞き取る面接を重ね、表現を磨いたそうです。
他人の言葉より「年だから」と
自分に言い聞かせることが心を蝕む
60〜79歳の男女1,500人を対象にした全国調査の結果、日常的にエイジズムを多く経験している人ほど、孤独感やストレスが高い傾向が確認されました。
ここまでは、ある意味で予想どおりかもしれません。
注目すべきは、その内訳です。EAS-Jが測る3つの側面——「エイジズムを含むメッセージへの接触」「対人関係におけるエイジズム」「内面化されたエイジズム」のうち、孤独感との結びつきが最も強かったのは、3番目の「内面化されたエイジズム」でした。
つまり、誰かに差別的な言葉を投げかけられることよりも、自分自身が「年だから仕方ない」と思い込んでしまうことのほうが、心の健康を深く蝕んでいたのです。
ウェルビーイング(心の健康度)や自尊心の低さとの関連も確認されています。
「この歳で転職なんて」は
30代でもう始まっている
この研究の対象は60歳以上ですが、「年だから」という自己限定は、もっと若い世代にも心当たりがあるのではないでしょうか。
「この歳で転職なんて」「今さら新しいことを始めても」——30代でも40代でも、ふとした瞬間に自分で自分の可能性に線を引いてしまうことがあります。
日本には「年相応」「老いては子に従え」といった言葉が、ある種の美徳として根づいています。けれど今回の研究は、その「美徳」が知らず知らずのうちにセルフ・エイジズムの温床になりうることを、データで示しました。
「気の持ちよう」で片づけられてきたものに、初めて数値が与えられた。それは、介入や改善の議論がようやく始められるということでもあります。
研究チームは今後、年代や地域、生活環境による違いの解明や、教育プログラム・世代間交流といったエイジズム低減策の評価にEAS-Jを活用していく方針です。
自分の中にある「もう遅い」に気づくこと。それが、年齢にとらわれない生き方の、いちばん最初の一歩なのかもしれません。






