貸し出すのは本ではなく人。いま世界に広がりつつある「ヒューマンライブラリー」を知っていますか?
どれだけ多くの本を読んで得た知識よりも、たった一人から体験談を聞くことの方が新鮮で刺激的で、インプットが大きかった。そんな経験をしたことはありませんか?ここで紹介する図書館がまさにそれ。なぜって、蔵書は本ではなく、さまざまな知識や経験をもった人間だから。
経験や個性のある
「人」を貸し出す
ヒューマンライブラリー
蔵書は本ではなく、あらゆる個性をもった人──。
「ヒューマンライブラリー(人間図書館)」は今から16年前の2000年春、コペンハーゲンで毎年開催されるヨーロッパ最古の野外ロックフェス「ロスキルド・フェス」のイベントの一環として、開館したのが始まりです。
野外音楽フェスに図書館とは、いささか妙な響きではありますが、ロスキルド・フェスはオーガニックフードを扱ったり、ゴミ問題に積極的だったりと環境に配慮したイベントとしても知られています。フェスの楽しさと同じように環境や社会の問題に向き合うこの場で開館することには、大きな意味があったのでしょう。
では、人が書籍となって貸し出される、ヒューマンライブラリーの仕組みについて見ていきましょう。
一人1回30分
対話から生まれる相互理解
ここで紹介する写真は、2015年夏に開館されたヒューマンライブラリーの模様。青空の下というのがいいですね。
アーティスト、ホームレス、シングルマザー、性的マイノリティー、イスラム教徒、ニート、難民、ヌーディズムなど、あらゆる趣味嗜好、個性、背景をもった50人がそれぞれ一冊の本となりました。彼らは皆、ボランティアとして無償で自身の経験を語ります。
バラエティ豊かに取りそろった“本たち”に興味をもった利用者は、一人1回30分ずつ、ページをめくるように彼らの情報や体験、価値観を生の声として聞くことができます。ほんの僅かな時間。ですが本を読んだのと同じ、あるいはそれ以上の経験が得られた、と利用者たちからの反響は絶大。1日8時間、4日間でのべ1,000人が利用し、ヒューマンライブラリーは大きな成功と注目を集めることになったのです。
警察官VSアーティスト学生VSヌーディズム
たとえば、こちらの写真。向かって左側の男性は“本役”のグラフィティアーティスト。その話を聞くのは警察官。普段、どんな感情でストリートに作品を描いているのか?そんな彼の心情をうかがい知ることができたのかもしれません。
このほか、政治家の話を聞く10代の活動家。熱狂的なサッカーファンの読者は、フェミニストの「本」を熱心に聞き入っていたんだそう。
こちらは、全裸で生活するヌーディズムの男性の話を真剣に聞き入る10代の女性たち。本の代わりに経験を語る、ヒューマンライブラリーもうひとつの目的が「相互理解」にあるんだそう。偏見を捨て、お互いを知りあう場所にもなる。それが、書籍ではなく人が本となることのメリットなのかもしれませんね。
「本を表紙だけで判断してはいけない」
本を表紙だけで判断してはいけない──。
ヒューマンライブラリーの考案者であるデンマーク人のRonni Abergel氏は、当初よりこのメッセージを送り続けてきました。蔵書となる一人ひとりは、社会的にみればマイノリティの人たちかもしれない。ともすれば、普段から偏見の目で見られることもあるでしょう。けれど、この図書館では彼らの話を聞くうえで大切な2つのルールを設け、利用者は貸出前、誓約書にサインをするそうです。ひとつは、“本”を大切にあつかうこと。そしてもうひとつは、敬意をもって接すること。貸し出し条件は、たったこれだけ。
表向きは「借り手」の利点ばかりに思うかもしれません。けれど、実際は「語り手」にも少なからずメリットがあるのがヒューマンライブラリーのいいところ。
本である語り手は、自分に興味を持ってくれた人に対して話すことで、理解しあえるチャンスを広げることもできる。「どうせ言ってもらからない…」そうした思いから話す側も同時に解放されていくんだそう。公式ページでは、これまで本となった多くの人々がその利点を挙げています。詳しくはこちらから。
世界70カ国以上に浸透
日本では、長崎県で開館
いま、ヒューマンライブラリーは世界各地のボランティアや公的機関の協力を得て、フィンランド、イタリア、オランダ、ポルトガル、スロベニア、オーストラリア、タイ、ルーマニアなど、世界70カ国以上で開館しているんだそう。そして、そのムーブメントは日本にも。
長崎県社会福祉協議会の協力のもと「ヒューマンライブラリーNagasaki」が年に数回開館され、相互理解を深める場として多くの人に利用されているようです。
SNSでいつでも簡単につながり合える世の中に、人と人とが介して語り合う場が生まれている。こうしたアナログなコミュニケーションが、いまの時代とても新鮮に感じませんか?