「わが家にいるようだ」老人ホームに革新をもたらした、ほんの少しのアイデア
シンプルで機能的で、管理的な反面、どこか殺風景に映るケアホームが、ほんのちょっとのアイデアで表情豊かに生まれ変わる。オランダから始まり、欧州で注目されつつあるプロジェクトを紹介します。デザインの力が認知症を患う人々の心を動かす、とってもステキな事例です。
入居部屋を“懐かしのわが家”に
ドアをドアで装飾する。
アムステルダムを拠点に活動を続ける団体「true doors」は、認知症ケアホームの内装を手掛けてきました。彼らがとくにこだわるのは、入居者たちの部屋のドア。
そもそもすべて一律の見た目は、もしかしたら施設側(ケアをする側)の都合なのかもしれない。けれど、認知症を患っている入居者たちは、実際どの部屋も同じに見えて、自分の部屋が分からなくなってしまう。そんなトラブルが日常的に起こっているんだそう。
そこで、true doorsが考えたのが、無機質で単色のドアを、それぞれの住人の個性を表すものに変えること。施設のドアを本物のドアに取り替えてしまおうというもの。
でも、扉ごと新調するのは大掛かり。そこで、さまざまなデザインが施され、同サイズに合わせたドアのステッカーを上から張り合わせる、という手法にしたそうです。つまりは、デコレーションする訳です。
パリ、アルデシュ(南仏の県)、アムステルダム、ストックホルム、タリン(エストニアの首都)。各国の個性豊かなドアの表情を引き伸ばし、貼り付ける。たったこれだけのアイデアですが、利用者たちは自分の部屋に迷わずたどり着けるようになり、施設での生活にも彩りが増したと大喜び。
なぜって?彼らが選んだステッカーは、実際に施設に入所する前、彼らが住んでいた家のものだから。
昔の思い出が昨日のことのように蘇ってくるの。まるで自分の家にいるみたい。温かくて居心地のいい、懐かしのわが家よ。── Ms.Roodenburg
懐かしいなあ。キュラソー島にあるウチのドアは本当に美しくてね。娘が貼ってくれたんだけど、これで私がホームシックになるんじゃないかって心配しているよ。── Mr.Rojas
このアートプロジェクトの成功により、true doorsの活動はオランダで広く知れ渡るように。その功績が讃えられ、2014年には「MSD Care Award」を受賞。小さなプロジェクトは、いま社会貢献活動としてヨーロッパ各国からも注目されるまでになりました。
記憶の扉も開ける
想いでのドアたち
ところで、このアートプロジェクトがなぜ「true door」と名付けられたと思います?
認知症を患ったおじいちゃん、おばあちゃんたちのドアが以前、自分たちの住んでいた家とそっくりのものに変わる。すると、彼らは昔の想いで話を楽しそうに語り始めるんだそう。
心に大切に留めておいた記憶のドアを開ける手伝いも、もしかしたら、この生まれ変わったドアが担っているのかもしれない。そんな意味合いから、こう呼ばれるようになった。とってもステキな話ですよね。