『たたみかた』編集長が語る、「希薄な人間」の可能性

白と黒、男と女、既婚と独身…。

二項対立で考えることは、物事を単純にわかりやすくするという利点があります。

メディアでは二項対立による議論が取り上げられることがよくありますが、どちらにも属さない「中間層」にスポットが当たることはあまりありません。政治において、そんな「中間層」の立場にいた編集長の三根かよこさんが作ったのが、30代のための新しい社会文芸誌『たたみかた』。

2017年4月に、ミネシンゴさんとの夫婦出版社「アタシ社」から出版されました。

政治を離れて、
ふつうに福島について語りたい

創刊号のテーマは「福島」。

福島出身でもなく、身近に被災した人がいたわけでもなく、福島には接点がなかった三根さん。創刊号にあえて「福島」というテーマを選んだのは、なぜなのでしょうか。

「自分に関係ないと思われるテーマが自分の問題になる…。そのスイッチポイントは何なのかを研究したい、とずっと思っていました。私は、誰もやっていないときに『それをやるのは自分かもしれない』という意識が強いんです。震災以降、世の中に対して『社会や政治を語るときのあり方』のロールモデルを作らないといけない、という課題意識がありました」

ジャーナリズムや哲学、仏教、国際協力などの分野で活躍する人たちによって、主義・主張を離れた福島が語られている『たたみかた』。

難しい言葉ではなく、エッセイや対談、漫画も交えて構成されています。そして表紙には、「ほんとうは、ずっと気になってました」と書かれています。

思わず、”そうそう!”と思った人も多いのではないでしょうか。震災以降、心の中では福島のことが気になっていても、どこか語りにくい雰囲気がありました。

それは決して関心が薄れていたわけではなく、「政治的な文脈を離れて普通に福島のことを語ることが難しくなっていたからだ」と、雑誌の中にも書いている三根さん。

たたみかた』創刊号より(画像提供:アタシ社)

震災以降、三根さんは「正しさ」と「正しさ」がぶつかり合って、論争が起きていることに疑問を感じてきたといいます。

「たったひとつの正しさは存在しないのに」。

だから主義や立ち位置というスタンスを取らないメディアを作りたいと考えました。

「政治について声を荒げたり、SNSで主張をシェアしたり…。そういう論争に自分がどう関わっていけばいいかわからなかった。『たたみかた』は、”人間にとって正しさという主義・主張がない状態が、ベストな状態なのではないか?” という仮説を持って作ったんです。複雑な社会を漂い続け、その孤独に耐えることができる状態こそが、人間が調和的に生きていくための一番いいあり方なのではないかと思うんです」

社会をまっさらな状態から
思考する

『たたみかた』の構想から創刊までには、6年という長い時間がかけられています。

ひとりで背負うには、とても重いテーマ。途中で心が折れた時も何度もあった、と三根さんは話します。

「”なんでこんなリスクを取って、福島というテーマでやろうとしてるんだろう”と思ったこともあります。『たたみかた』は創刊号だから広告も入っていないし、読者はゼロだから、誰も待っていない状態。発売をずるずる2年、3年と伸ばすことができてしまう。でも”もしやらなかったら、自分のことを嫌いになる。自分のことをこれ以上嫌いになりたくない”と思いながら作りました」

たたみかた』に掲載された、福島在住の小松理虔さんによる上野のアメ横のレポート(画像提供:アタシ社)

『たたみかた』を出すことによって、炎上が起きるのではないかという懸念もあったが、読者から寄せられた手紙には「二項対立に巻き込まれるのが怖かったし、どちらが正しいということではないと思っていた。ずっと言葉が出なかったけれど、ようやく救われた」と書かれていた。

「根源的なテーマと社会を結びつけること」は三根さんにとって生涯かけてやっていきたいライフテーマ。

「”なんで戦争ってなくならないの?” って子どもが不思議に思うような問題とかをずっと考えているのが好きで、それが生業になったら最高!と思ってます。総じて、メディア作りは楽しいですよ」

次号は「男らしさと女らしさ」をテーマにした雑誌が発売される予定。

中間層の人間には
可能性がある

神奈川の逗子に自宅兼オフィスを構える、夫婦出版社「アタシ社」。

三根さんの「中間層」というスタンスは、住む場所においても変わりません。

「逗子って田舎でもなければシティでもなくて、東京との距離感が絶妙。私はベッドタウンで生まれ育った人間だから、土地に対しての思い入れがとても薄い。だから地方で起きている ”街や村を存続させるために移住を増やさなきゃ” というような議題を、どうしても自分たちの問題として捉えられないんですよね。一方で、この土地に対する思い入れの希薄さを、気に入ってはいるんです。思い入れは、執着や争いのタネにもなるから。自分は、こんな風に浮遊してるくらいがちょうどいいのかなと思っています」

都会か地方かという二項対立とは、さようなら。

「地方から東京を見る目と、東京から地方を見る目。そのどちらからも距離をとりたい」と三根さん。

「中間層をはじめとした “希薄な人間” って、流動的になれるという意味で可能性のある人間なんじゃないかって私は思っています。人と人の間に入って、繋ぎ直すことができるのは、こういう人間なんじゃないかって。自分は根無し草だったから、自己肯定感が欲しいだけかもしれないけど(笑)」

声が大きい人が目立つ世界。

実は声をあげたくてもあげられない中間層に属する人たちは、たくさんいるのではないでしょうか。スポットライトの当たっていないこの中間層の人たちこそが、柔軟に未来を作っていくのかもしれません。

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Photo by 金田 裕平
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。