東京での経験を「自然農園」で活かす。遅すぎることなんてない!

前編ではお茶の工場を案内してくれた「健一自然農園」の伊川健一さん。次に案内してくれたのは、健一自然農園が栽培・管理している茶畑でした。

ここでは、使われなくなった耕作放棄地を受け継いでお茶の栽培をしています。

「茶畑は、もともと中山間地の急勾配での土地で、田んぼの作付けができない箇所に副産物として植えられてきました。ここでは今、上部は茶畑にして、平らなスペースにハーブや薬草を植えることで、立体的に農地を使う実験をしています」

茶畑とハーブ、成長も考えデザインされた健一自然農園の農地

等間隔に植えられた茶畑の下層部には、ローズマリーや奈良の生薬と言われる大和当帰(やまととうき)が植えられています。

「お茶づくりって、林業と農業の間だと思うんです。お茶が茂ることで、土が流れない、河川が汚れない、土壌を守ってくれる。また、お茶には樹木としての性質があり、肥料を与えなくても枝葉が落ちるとふかふかの表土が作られ、天然のろ過機能を備えた土壌が形成されていき、自然に茶畑が育っていきます。それに茶畑の生態系は土にいる微生物や動物のすみかになります。

ウサギやキジにとって茶畑は小さな森なんです。生態系を循環する、ちょうどよいサイズなんです」

茶木の背丈は、動物にもおばあちゃんにも優しいんです、と語る伊川さん

そう語る伊川さんの茶畑では、新芽を摘んでお茶にするほかにも、お茶の花は摘んでコスメの原料にし、お茶の種では油を作ります。3年以上育った茶木の茎は三年晩茶に利用し、余すことなく活用しています。

「茶畑は人と動植物が共存する“すみか”。花の季節になると、ミツバチが蜜を吸うそばでスタッフが花を収穫しています。その光景がとても微笑ましいんですよ」

地域のお年寄りも参加する
「小さな産業」をつくる大切さ

健一自然農園のスタッフは、収穫時期のアルバイトも入れて15名ほど。茶畑では、地域住民の70代のおばあちゃん達も働いています。

「茶畑の栽培では、村のおばあちゃん達も手伝ってくれていますし、社会福祉法人とも連携しています。茶畑は彼らとのマッチングがいいんです。コツコツと手入れをしてくれる、真面目で継続力のある人が適任。いろんな人が関わる現場を作ると、人も自然に元気になっていきます。

こういった高齢者や障がい者も活躍していただける現場を、各地に作っていきたいと思っています」

伊川さんを支え、自然と向き合う健一自然農園では、若さも強みになると言います。

「社員の採用では高卒の人、とても魅力があります。体力も豊かで心も柔らかく、飲み込みも早いんです。自然やお茶や土地の人々と触れ合って働くなかで少しずつ人が育っていく現場って、素敵だと思いませんか?」

「都会での経験」が
地域にとって価値になる

販路開拓や他の地域からの相談事など、関わる人や企業も増え、東京に出向くなかで、地域と都市の違いを肌で感じるようになった、という伊川さん。

丘のように広がる、生態系豊かな茶畑

「自分は今ようやく経営者の入口にいて、経営塾に通って勉強も始めています。企業に勤めて働いてきた人は組織や会社の仕組みを知っています。そのいい部分のエッセンスを地域に入れることで、地方は活性化すると思います。

街の経営感覚を入れることで、何が足りていて、何が足りていないかが徐々に見えてきます」

都会から地方への移住する人には、自分がやってきたような茶畑の開墾をするのも大切ですが、自らの持っている得意分野でその地域にいかに活力を与えさせてもらえるか? という視点が大切だと思います。

「今まさに農村に来ることを決断した人には、まったくこれまでの人生が無駄でも気づきが遅かったわけでもないと伝えます。

大切なことは、自らを客観的に観て活かすこと。

地方でも、仕事に取り組む姿勢や情熱、頭の回転の速さや仕事ができることも大事ですが、何より、人に好かれ土地に好かれることが大切です。これまでの人脈や情報や技術を、地域でどう活かせば良いか、そう簡単にはわからない。

そういったときに、僕らのように先んじて地方に入り、その土地の方々と対峙しながら産むことをしてきた経験者に真剣に耳を傾けることは、始めるときの大きな一助になるのではないでしょうか?

わからなければ、地域起こし協力隊の人とコミットして仕組みを作ったり、僕たちのように全方位で話せる人に経験を話したりしてもらえれば、ここで活躍できるよ、と言うこともできます」

あなたにはあなたにしかできない役割がある、地域に入るのに遅いも早いもない。そう伊川さんは言います。

都会も田舎の境界なんてない。
東京に行くと、
ここで茶摘みする価値が深まる

「今は協力隊制度や給付金などの予算もありますしね。でもそれも何年続くか分かりません。なくなる可能性もおおいにある。

そうすると今度は『地域、地域』と世間も言わなくなる。補助金が止まっても自走していける仕組みづくりが大事です。都会も田舎もその役割を深く認識して編集する時期にきていると感じます」

初めは東京に行ったらビルばかりでクラクラした、と笑う伊川さんも、今は企業や地方を横断して、様々な人に会うなかで得るものが大きいと言います。

「東京は勉強になるし、頭も整理される。一番大きかったのは、東京に行くとここで茶摘みしている価値が分かるんです。問題点も浮き彫りになって、自然に感謝もできる。経営者の端くれになっていろんなことに気づいたからこそ、これからは、地域を越えてそこに暮らす人々が活躍できるモデルを、いろんな人たちの想いを和えながら形にしていけたらと、ワクワクが始まっています」

耕作放棄地でお茶づくりをする伊川さんが描く、日本の地域を変革させるビジョンとは?

—— 後編に続きます。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。