たぶん、一生忘れない「伊勢海老クリームスープ」

2017年11月。食文化に大きく貢献した料理人に贈られる、農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」のブロンズ賞を初受賞した女性がいます。

—— 樋口宏江(ひぐち・ひろえ)シェフ。彼女は現在、志摩観光ホテルの総料理長を務めています。

志摩観光ホテルと言えば、「G7 伊勢志摩サミット2016」の開催地に選ばれたことも記憶に新しいと思います。御食国(みけつくに)三重県の食材をふんだんに使用した料理を各国の首脳陣に味わってもらう場は、彼女が担当しました。

そんな樋口シェフに、お話をうかがう機会をいただきました。

御食国で料理ができる
ありがたさ

—— 三重県・伊勢志摩の“食材の魅力”ってどのあたりにあると思いますか?

「やっぱり、品質にこだわっている生産者の方が多いということをとても強く感じています。それは、松阪牛にしてもそうですし、魚種が多い海の幸も同じくです。夏はアワビ、冬は伊勢海老、また英虞湾ではあおさといったように、季節季節によって幸が移りゆく、とても恵まれた土地だと思います」

—— 山の幸と海の幸、さらには湾の幸まであるなんて、理想的なのではないでしょうか。料理をする際に意識されていることは?

「そうですね。間違いなく、いいお肉・いいお魚なので、素材の良さを最大限に活かすことが大切だと思います。調理法はもちろん、付け合わせのお野菜やソースなどにも気をつかい、『何を召し上がっていただきたいのか?』ということを常に考えていますね。

たとえば、脂がのっているお魚であれば、皮目を炙ることで、生で召し上がっていただくよりも味を引き立たせることができます。またソースについても、はじめからハーブなどの香りが強いものを組み合わせるのではなく、そのもの自体を味わっていただたあとに、お好みでソースを召し上がっていただけるように、お皿のなかの配置にも気をつかったりすることはありますね」

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—— なるほど。アワビと伊勢海老の料理について、詳しく聞かせてもらえますか?

「志摩のアワビは、餌となる海藻の条件がとてもいいので、分厚く、味の凝縮感があるのが特徴的だと思います。地形的な利点が良く、アワビにとっても住み心地がいいようですね。ただ年々減っていて、なかなか入手困難な食材にもなってきているんです。そのアワビをつかったステーキは、食感と磯の香りを楽しんでいただくために、下ごしらえとして3時間ほど大根と一緒に煮込んで柔らかくし、さらに低温で調理することで香りを活かすように心がけています。

一方で伊勢海老は、とても繊細です。お刺身でもよく使われますが、個人的には火を通したほうが旨味が活かされるかな、と感じています。もちろん加熱しすぎると身が固くなってしまうので、甘みとプリプリの食感が味わっていただけるような、ちょうどいい火の通り加減は意識しています」

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守るべき伝統と
自分らしさ

—— 伝統を守りつつ、樋口さんらしさをアプローチするという意味で、難しさは感じませんか?

「私どものホテルは67年の伝統があるのですが、やはり時代によって求められるものも変化しますし、そのなかでお客様に愛されつづけている料理は、今でも大切に提供をしています。先々代の総料理長が築き上げた土台がありますのでそれを守りつつ、つけ合わせのお野菜やソースの中で季節を感じてもらうことを心がけています。たとえば冬ですと、『あのりふぐ』と呼ばれる安乗で獲れる天然のトラフグもおいしいですよ。10月に解禁されて、2月の末までは食べられます」

—— 「季節感」をとても大事にされているんですね。

「日本はとても食材が豊かですし、たとえば柑橘類にしてもたくさんの種類があります。ゆず、すだち、かぼす、など。香りがあるものが多いのも特徴的です。ゆずと聞くと和食をイメージする方も多いと思いますが、フランス料理をベースにしたメニューでも、最後に “冬らしさ” を演出するためにゆずを使ったりすることもありますよ」

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—— 伝統として作り続けている「ダブルブイヨン」があるのだとか?

「はい、すべての料理のベースとなるものでして、2回ダシを引いているんです。手間ひま、使う食材も2倍かかりますので今の時代には珍しいかもしれませんが(笑)、これは先々代の頃からずっと守り続けています。『伊勢海老クリームスープ』にも使っているんですが、私も入社当初はチキンブイヨンを使うことに驚きました。通常は魚のダシを使うものだと思っておりましたので。

ダブルブイヨンにすると、味の厚みと言いますか、ひとくち食べたときの印象がまったく違うんです。とてもコクと深みがある味に仕上がります。ザ クラシックで提供している『海の幸カレー』にも使用していて、以前一度ブイヨンだけ変えたものを食べ比べてみたのですが、驚くほど違いを感じました」

—— いま、お話にも出た「伊勢海老クリームスープ」は、本当に人気のようですね。

「ありがとうございます。お客様にも楽しいひとときを感じていただきたいので、ザ ベイスイートのフレンチレストラン『ラ・メール』では、先に具材を盛りつけたお皿をご用意して、スープはテーブルで注ぐようにしているんです。そうすることで、テーブルの上で立ち上る香りを楽しんでいただけると思っております」

—— インタビュー終了後にいただく予定なので、とても楽しみです。今日はありがとうございました。

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これが、驚くほどに絶品だったんです。今までの人生で食べてきたもののなかで、一番 “濃厚” な食事だったと言い切れます。

“濃厚” というと、ともすれば濃くなりすぎたり、後味が残ったりしがちですが、これこそ上品な濃厚さ。いつまでも味わっていたいような、そんな優しい濃厚さ。御食国のポテンシャルと、樋口シェフの繊細なこだわりが絶妙に混ざり合っていました。

 

「守るべき伝統と、自分らしさ」。

インタビューをしながら感じたそんな樋口シェフのスタンスは、志摩観光ホテルのこれからの姿にも重なっているようにも思えました。それは、サミットの開催地にも選ばれるほどの格式と豊富な食材がありながらも、時代に合わせた変化が必要だ、と常に試行錯誤を繰り返している姿です。

それは確かに、世界の首脳陣はもちろん、「もっとたくさんの日本人にも知ってもらいたい」と思える味だったんです。

樋口宏江(Higuchi Hiroe)

志摩観光ホテル 総料理長

1991年 大阪あべの辻フランス料理専門カレッジ卒業、志摩観光ホテル入社
1994年 ホテル志摩スペイン村のフレンチレストラン「アルカサル」シェフ就任
2008年 ベイスイート開業とともにフレンチレストラン「ラ・メール」シェフ就任
2014年 志摩観光ホテル 総料理長となる
2016年 「G7伊勢志摩サミット2016」ワーキング・ディナー担当
2017年 農林水産省 料理人顕彰制度「料理マスターズ ブロンズ賞」を受賞

取材協力:志摩観光ホテル
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