ソニーの社会連携講座「東大×藝大×デジハリ」──前例のないタッグが挑む「イノベーションあふれる世界」とは?

「未来を妄想し、現代に実装する」
IGNITEが目指すものとは?

──話が前後してしまうかもしれませんが、IGNTというプロジェクトの概要を教えてください。

 

杉上さん:先ほどお話したように、SSAPで社内ベンチャーをやっとあとに東大の教授に提案し、SSAPが東大の工学系研究科で社会連携講座を開講したのがきっかけです。5年目を迎える2023年に、ソニー側はSSAPからソニーピープルソリューションズに移管しています。

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──IGNTでは「野心的」や「起業家精神」などを重要なキーワードに据えていますが、その重要性を今一度ご説明いただけますか?

 

杉上さん:僕はアントレプレナーシップ(起業家精神/Entrepreneurship)とエンターテインメント(娯楽/Entertainment)を掛け合わせた「アントレテインメント(Entretainment)」っていう造語で表しているんですけど、ようはゼロからイチを生み出すことを楽しみながらやるっていうのをモットーにしていて。

“起業”っていうと会社を作ることを指すわけですけど、会社を作る/作らないはじつはどうでもよくて、自分の人生をかけたライフワークみたいなもの、「自分の魂は、これをやることによって輝くんだ」みたいなものを見つけられたらすごくいい人生なんじゃないかなと思うんですよ。

講師陣では「Life Changing Experience(人生を変える経験)を作るんだ」みたいな話をしたり。

 

住さん:この話、講師陣のなかでもちょいちょい話題にあがるんですよ、「この講座のゴールってどこなの?」って、「スタートアップを立ち上げることがゴールなの?」とか。「たしかにそれもゴールのひとつではあるけど、それだけがゴールじゃないよね」って。

人間、どこにいても世界を変えることができる。会社にいてもできるし、研究室のなかでもできる。

だから、自分で問いを立てて、チャレンジする人たちが増えたらイノベーションはもっとたくさん起こるはずで、そういう人たちをたくさん育てていきたいよねっていうような会話をよくしてますね。

 

杉上さん:「イノベーターになりたい」って思うのが、まずは最初のステップ。スキルはそのあとなので。

 

金川さん:社会をどう変えたいのか、自分はどういう未来を描きたいかっていうことがむちゃくちゃ大事。

 

志賀さん「道、踏み外せばいいよね」みたいな話は出てて。

道を踏み外すっていうとよくない印象を持たれがちですけど、そもそも道があると思ってるのが間違いで、とくに東大生なんかに多いパターンな気がするんですけど、道の通りに歩いてきて、この先も道があると思っていて、だから道のうえを歩こうって進んでいくと、結局、道ってなくなるじゃないですか。

だから、いっそ道を踏み外す教育ってあっていいんじゃないかなって。

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金川さん:東大にいる人は、道の歩き方がうまいんですよ。すごく上手。正解を導き出すためのやり方っていうのはよく理解してるんだけども、その外れ方を知らない。

だけど、接していて、欲している印象はすごくあるかも、「レールのうえだけを歩いていてはいけない」っていう気持ちというか。

 

住さん:やっぱり苦しむんですよね。それまでは地域だったり学校でいちばんだったのが、全国からナンバーワンが集まってくるんで、そのなかでは勉強ができるだけでは太刀打ちできなくて。

それは学力っていうヒエラルキーのなかでの自己実現を目指すから苦しむのであって、学校なんて狭いエリアでものをみるんじゃなくて、世界を変える力をもつってことにフォーカスすると自己実現の規模も世界も変わるよねって。

 

杉上さん:以前、「自分の人生について3時間話す」みたいな講義があって。住さんもやったし、僕もやったんですが「真逆だね」って、「なんで僕たち一緒にいるんだろう」って。

 

一同:(笑)

 

杉上さん:高校中退してゲーマーやってた人と、僕はスーパーガリ勉くんで、コテコテのエリートと呼ばれるような真面目な道を歩いてきて。でも、道を外れたんですよね、突如、社内ベンチャーをやることになって。

それで気づいたんですよね、僕も東大だから。

いい大学にいって、いい会社にいって出世をすれば、いい人生があるって思ってたけど、全然そんなことなくて。

 

住さん:踏み外して、そこで人ははじめてアイデンティティを獲得できるんだろうなって思います。

学生が本気で挑んだ企画の数々。
講師陣の思い出に残るプロジェクトは?

──これまでIGNTでは「未来を妄想し、現代に実装する」をテーマにした学生発のさまざまなプロジェクトが実施されてきましたが、プロジェクトの成否問わず、みなさんそれぞれのなかで強く印象に残っているものを教えてもらえますか?

 

杉上さん:2019年の社会連携講座がスタートした1年目のビジコンのような枠組みで優勝したプロジェクトなんですが、その後の東京藝術大学との連携につながっていったきっかけになった「soleil sole(ソレイル・ソール)」というプロジェクトになります。

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杉上さん:パンプスとかハイヒールが好きな女性の学生が企画したプロジェクトで、#KuTooとかがちょうど話題になっていた時期なんですけど、靴のサイズが合わなくて足から血が出ちゃったりとかしたときに、スマホで足と3Dスキャンして送ると、柔らかい素材の3Dプリンターで作ったその人専用のインソールが送られてくるっていうアイデア。

イメージを形にできるエンジニアのスキルがあって、いい仲間もいて、すごくおもしろかったんですよね。

パッションもあったし、着眼点もユニークだなって。

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杉上さん:じつはIGNTの初年度の対象は大学院生だけだったんですよね。僕は機械系の非常勤講師なので、参加している学生は機械系の大学院生だけ。

だから、デザインとかアイデアを考えるみたいなところに苦戦するチームもいっぱいあったんですが、そのなかでエンジニアと共にメディアアーティストがいたこのチームが飛び抜けてて。そのときに「機械系の院生だけしかいない環境って、めちゃくちゃ偏ってるな」って気づけたんです、「多様性がないんだな」って。

それで、東京芸術大学の先生に相談して連携がはじまったり、デジタルハリウッド大学もデジタル系の変人がいっぱいいるから、その3つを混ぜてみようっていう挑戦が2年目からスタートしたりとか。

どうすれば学生のプロジェクトに多様性をもたらすことができるかを気づかせてくれたユニークなチームでありプロジェクトでしたね。

 

──では、住さんの記憶に残っているプロジェクトは?

 

住さん「食べリュー」ってプロジェクトですね、「食べる」と「バリュー」で「食べリュー」。中国出身の学生で、後に外資系銀行に就職した超絶エリート女子なんですけど、最初のアイデアがもうぐっだぐだで……(笑)

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住さん:コロナ禍で街を歩いているときに、お客さんが全然こないちっちゃい町中華の店先でおばあちゃんが餃子を売ってる光景をみて「こういう人たちを救いたい」って。

そもそもランチって、いくお店が固定化されちゃう傾向にあるから、「ランチタイムの短い時間でも新しい店を発見したい」っていうお客さんの要望と、個人飲食店のおもしろさ……たとえば「今日は魚を使ったこんなメニュー作ってみたよ」というような工夫とか多様性のおもしろさをアピールするっていうお店サイドのふたつの課題を同時に解決しよう、と。

そこで彼女がすごかったのが、実験させてくれる店舗を自分でつかまえてきて、1週間くらいでそのサービスをささっと作って、実際に試してみたらめちゃめちゃウケがよかったんですよね。

それで、その年のIGNTの最優秀プロジェクトになったんですけど。“情熱”“質のいい問い”を立てることで、飲食店側と食べる側の両方を巻き込んで価値を作った、すごくアイコニックなプロジェクトだったと思いますね。

 

──たしかに素敵な企画ですね。

 

住さん:最終審査のときのプレゼンも伝説になってるんですけど、プロジェクトの概要説明の冒頭で、もう号泣しちゃって、その子。おばあちゃんの写真が出た瞬間に「……ちょっと待ってください」って、涙をぽろぽろ流して。

後に彼女が言っていたんですけど、自分の発想とかアイデアで誰かを救えるって体感が、どれだけ自分のアイデンティティになったか。

しかも、それを自分でもできるって思えたことが、すごくいい体験になったと。

 

──なるほど。では、志賀さん、お願いします。

 

志賀さん:2021年に優勝したプロジェクトですね。「Fitterior(フィッテリア)」っていうプロジェクトで、プロダクトとしてはトレーニングマシンなんですけど、そもそもは10kgの重りを使うところをモーターの出力で10kgの負荷を生むことによって、ちっちゃいものでも本格的なトレーニングができるっていうものでした。

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志賀さん:でも、「それって誰の何を解決してるの?」って。

ただのおもしろグッズになっちゃったら意味がないし、講師として伴走しながら“フィットネスとインテリアの融合”みたいなコンセプトに辿り着いて、そもそもがスポンジのようにいろいろなものを吸い取る子たちだったので、「ジムにいっている人たちにとっては、これがあることで生活が全然変わるんだ」って言い切れるレベルまで突き抜けてくれて。

「人って短期間でこんなに成長できるんだ」ということを感じさせてくれた事例ですね。すごくおもしろかったです。

 

──では、金川さんの印象の残っているプロジェクトは?

 

金川さん:僕はですね、2021年の夏に講師に加わったんですけど、いちばん最初に担当したのが「街の視線」っていうプロジェクトだったんですけど、簡単にいうと「街にいる人たちの目線が違うっておもしろいよね」っていう、地図のなかにいろんな人たちの“目線”が描いてあるアート作品です。

藝大のデザイン科の女性が発案者でリーダーのプロジェクトでした。

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金川さん:メッセージはすごくおもしろいし、共感もできたんですよ。

でも、本人に「アートがやりたいの?事業がやりたいの?」って聞いたら、「事業がやりたい」と。なんでかっていうと、「アートで伝えらえることには限りがあって、世の中に浸透させていくには事業にしていきたいと思ってる。でも、事業のやり方がまったくわからないんで教えてください」ということなんです。

この時代に非ITで超アナログで、当然ではあるんだけど、ビジネスのことをまったく知らないなかでアートを事業に昇華させるって、相当に高いハードルをいくつも超えなきゃいけない……。

 

──そのハードルはどう超えたんですか?

 

金川さん:プロジェクトの意味とか意義を追求していくなかで、その想いに共感した東大の技術系の男性がプロジェクトに参加することになって、最終的にはMR(Mixed Reality/複合現実)の技術を活用したプロダクトになりました。

その後、藝大っていうところから会社に就職して、もしかするとアートと事業とのギャップみたいなものに苦しんでいたかもしれないことを考えると、社会とどう接続していくかを学べたっていうのは大きかったんじゃないかと思いますね。

 

杉上さん:藝大生の特性というか、いいところって「まずは作ってみる」っていう発想。そういう性質をもってる人が多いですね、作りながら考えるというか。

東大生にもいろんなタイプがいますけど、考えすぎて手が動かない人が多いかもしれない。そういう意味では、藝大生と東大生って対局にあるな、と。

 

金川さん:うん、藝大生と東大生の特性がうまく融合した感じですよね。このプロジェクトに参加した東大生は、もともとVRとかを研究してた子だし。

 

佐藤さん:それって、自然にチームになったんですか?

 

杉上さん:うん、「あなたはこのチームと組んでやってください」みたいにアサインするスタイルだと機能しない印象があるかもしれないですね。お見合いさせるみたいなことはあまりやっていなくて、自然発生的に、そもそも多様な人たちが混ざってる場を作っているって感じです。

 

──そもそも、そういうアティテュードをもった学生の方々が参加しているということかもしれないですよね。

 

杉上さん:それはあるかもしれないですね。アート作品を作りたい藝大生であれば自分たちだけでできるわけで、事業に紐づくような何かを身につけるために参加してくれているっていうのはあるかもしれないですね。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。