もうすぐ春。でも、「式に出たくない。怖い」そんな声があることを、私たちは知らない。
「車椅子生活になった時点で、成人式に出ることはないなと考えていました」
高校生のとき、得意のカヌーで怪我をして、車椅子生活をおくることとなった瀬立モニカさんはこう語った。
彼女は今や、リオ五輪にまで出場したこともあるパラカヌーの日本代表選手。現在、2020年の東京パラリンピックに向けて練習を積んでいる最中で、今年成人式を迎えた新成人のひとりでもある。
が、彼女は式を迎えるまで、「自分は行けないだろう」と思っていた。数人で、時間をかけて着付けをおこなう振袖などを身に付けることは、歩くことや立つことが不自由な人たちにとって、とても難しいことだから。
初めて知った、
「車椅子用の着物」の存在。
そんな彼女に声をかけたのは、座ったまま・寝たまま着られる着物を提供する会社、「明日櫻」。
背中があく特殊な構造の着物を多様に取り揃えていて、振袖の他にも訪問着や小紋、七五三衣装、袴、留袖、浴衣などがある。さらには、手持ちの着物によるオーダーメイドや仕立てまで行っているのだ。
「私は連絡をいただいて初めて、車椅子用着物の存在を知りました」
「正直、「簡易着物でしょ」とあまり期待をしていなかったのですが、実際に見せていただくととても質が高く、彼らの思いにも、心を動かされました」
この写真では、左側の二人が座ったまま服のうえから着られる「明日櫻」の着物を着用しているそう。一般の着物と見紛うクオリティー。そこには、製作者の熱い想いがこもっていた。
祖母が急に車椅子生活になった時、お洒落で陽気だった彼女が沈みがちになり、気力までなくした様子に心が痛みました。お気に入りの着物は着られず、毎日同じような服…。
車椅子でも簡単に着物を楽しめないか、そんな想いで作ったのが「早咲羅」です。「早咲羅」を着てお洒落の楽しみと笑顔を取りもどしたのは、祖母だけではなく私や家族全員でした。この喜びを多くの人にお届けするために、楽着物工房明日櫻はうまれました。当社の着物と一緒に皆さまに笑顔をお届けできたら幸いです。
楽着物工房明日櫻 代表取締役:淺倉 早苗
車椅子用の着物専門の和裁師とデザイナー、さらには医師、介護士、義肢装具士のアドバイスを取り入れ、介護施設や医療施設の車椅子ユーザーにも試着体験を実施するなど、徹底した改良を重ねてつくり上げられているというこの着物。
2015年には「グッドデザイン賞」も受賞し、特許も取得しているのだとか。
可愛らしい七五三の衣装(中央)もこの通り。
美しい袴を着用した女性。
もちろん、男性用もハイクオリティー。
意外と気付きにくい
「足元の不便」にも
普段はあまり注目されないけれど、車椅子ユーザーの中には、浮腫・下肢装具・
そこで、普段履いている靴の上からオリジナルカバーを被せること
写真にうつっている人たちは、「明日櫻」の簡易着物を着ている。車椅子ユーザーだけでなく、もっと手軽に着物を着たい人や、お年寄りにもお勧めできると瀬立選手はいう。
「『明日櫻』さんの着物は、家族が着せても時間がかかりません。普通は着物屋さんに行って着付けをしてもらうのですが、私は成人式の前に、一度母と予行練習をしただけです。」
「車椅子でも着物」
が、当たり前になって欲しい。
そして、2018年1月8日。成人式に現れた瀬立選手が身に纏っていたのは、鮮やかな赤の振袖。
成人代表あいさつのために立った舞台で、ライトに照らされていた間も、その華やかさが色褪せることはなかった。彼女が車椅子ユーザーになる前の小中学生時代から彼女を知る友人らも、晴れ舞台を熱い拍手と歓声で迎えた。彼女は言う、
「今回の成人式で、私の他に車椅子ユーザーの方を見ることはありませんでした。
諦めるのはまだ早いです。今後、車椅子でも着物を着て成人式に出ることが当たり前の社会になって欲しいと願います。そのためにも、まずは式に出ることが大切なのです」
人生の節目となる、成人式や卒業式。幼少時の思い出を残す七五三。どれも一生に一度であり、誰にとっても間違いなく特別なもの。
でもその裏で、車椅子であることを理由に着物を諦め、式があっても「行きたくない」「怖い」と感じる人が多いことは、まだまだ知られていないことかもしれない。
パラリンピックなどで障害者の活躍に注目が集まる今日この頃。彼らが輝ける機会が、日常の中でもさらに増えていって欲しいと、個人的には思う。
他にも、茨城空港で着付け体験や旅行会社のバリアフリーツアーなどでも着物を提供しているという「明日櫻」。TwitterやInstagramでも日程等の情報を発信していくそう。詳しい情報はこちらから。