海のない街・つくばの“刺身居酒屋”に、みんなが集う理由

これは、茨城県つくば市のとある居酒屋さんで過ごした、ある夜の出来事です。

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刺身居酒屋?
つくばに海はないけれど

「田中く〜ん! 仮面ライダーってバッタ? え? あバッタだってよ! トンボじゃない、バッタ!」

「あらわざわざ確認してくれたの、ママ。ありがとね〜」

そんな生物学的な会話が飛び交う刺身居酒屋「小菊」は、つくば駅から15分ほど歩いたところにあります。目立つ通り沿いにあるわけでもない。なのに、地元民から出張のお父さん方まで、幅広く人気の店なのです。

この街は海に面していないけど、

「つくばのお客さんにも美味しい魚を食べてもらいたい」

そう思って、目利きのマスターが毎朝県内の市場から新鮮な魚を仕入れてくるんですって。見てくださいこの刺身盛り。

これで、一人前です

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刺身盛り(一人前1350円+税、内容はリクエストも可。値段も変わります)

「刺身盛り二人前? 他にもいろいろ食べたいなら、うちは一人前をおすすめしてますよ」

お店の憲子ママの言う通り、一人前でお願いしたはずだったんですが、運ばれてきた盛り具合が明らかに一人前じゃない。ゴージャス。

マグロ、タイ、タコ、クジラ。写真の手前右がクジラのお刺身です。初めて食べたけど、マグロの赤身と馬刺の中間、そんな感じ。ちなみに写真右下の緑色のものはニンニク。擦ってからしばらくおいておくと緑になるんだって。

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生牡蠣(一人前2個で650円+税、季節限定)

こちらは三陸産の牡蠣。頼む予定じゃなかったけど、別のお客さんが注文したお皿が目の前を通った時、その上で光り輝くミルキーボディが私にこう呼びかけてきたのです。

「EAT  ME(食べて)」

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と言うのは冗談ですが、ホヤもいいの入ってるよ〜って見せてくてたこちらが小菊のマスター・岡野弘さん。

「お客さんに喜んでもらいたいからいつも新しいものを入れてるけど、魚って日持ちしないでしょ。だから余ったら学生さん(アルバイトさん)たちのまかないにしてご飯食べさすの。喜んでくれるからね」

私も食べたい。アルバイトの田中くんがうらやましい。

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他にもいろいろあって、メヒカリの唐揚げをメニュー表に見つけた時は、トキメキました(大好き)。サクサクの、フワフワ。

「これ美味しい〜」

って隣で写真撮ってたカメラマンも叫びましたよね。メヒカリもおすすめ。

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メヒカリ唐揚(450円+税)
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ジャガバタ塩辛(500円+税)

こんなマリアージュも。なんとジャガバタと塩辛です。初体験。別のお客さんが、

「お酒がすすんじゃうなぁ〜」

って嬉しそうに言いながらつまんでいました。

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ユリ根焼き(450円+税)

ユリ根です。ユリ根って、茶碗蒸しとかに小さいのが入ってますよね。ホクホクで、ねっとり。主役として食べたらこんなに美味しいんだって驚きました。

さて、いろいろいただいて、お腹も満たされ。ここで、本題を思い出します。

実は、このノートを
見に来たんです

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ウワサには聞いていたんですが、小菊には“スタッフノート”なるものが存在するというのです。これは、名前の通りスタッフさんのためのノート。スタッフさん同士の交換日記のようなものなんで、普段はお客さん閲覧不可です(今回は特別)。

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発案者は“本庄さん”という人。1999年にスタートしました。

「業務連絡、愚痴、結婚しました、除籍になりましたなど、思いついたことをもりもり書きつらねていく趣旨でつくりました。飲み会のしらせなども使えて超おトクなこの一冊!! 愛のコトバ、不平不満などもぶつけてください」

ほうほう。

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「いろんなの書いてるよ。子どもたち面白いですよ。間違うと誰かが赤ペンで直したりしててね、大笑いだよ」

とはママ。こんな書き込みも。

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【こんな居酒屋店員はいやだ】

・ビールのことを「ビヤー」と言う

・耳が遠い

・ドクロのリングをつけている

・客よりも酔っぱらっている

・皿を3本指で運んでくる

・生ビールの泡がない

 

セ・リーグ順位予想。

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下の方に、“的中者には豪華商品が!!” って書いてありました。何がもらえたんだろう……。

常連さんの情報なんかも、メモしてありましたよ。

【お客様データ(1)/Iさん】

・生中が中心です

・若い頃はギターをかきならしてガツガツやっていたらしい

・愛読書は司馬遼太郎

・“日本の心”を大事にしている

・語り始めたら止まりません

・車はパジェロミニです

 

【お客様データ(2)/Y夫婦】

・通常は、旦那さんはスーパードライ、奥様は生酒を頼まれます

・最近はシメサバをよく召し上がります

・よく握手を求められます

・旦那さんはスティーブン・スピルバーグと友達だそうです

 

【お客様情報(3)/F社のみなさん】

・若い人が多い時は生中、年配の人が多い時はスーパードライ

・領収書を準備しておくとよいでしょう

・谷中生姜がある時は必ず頼みます

 

似顔絵が添えられているものもありました。

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ノートの発案者、本庄さんは、似顔絵を描くのが上手だったそうです。

「お店で一番最初にアルバイトしてくれた子はもう47歳。彼が大学生の頃に始めたものだから、このノートはかれこれ20年くらい続いているね」

先日は、その彼が東京の老舗レストランでOB会を開いてくれたんだそうです。

「今九州とか北海道の方にいる子もあちこちから集まってくれて、招待してもらってね。嬉しかったよね」

と、カウンターの中から身を乗り出して、ニコニコしながらマスターが話してくれました。

そして彼らはやって来た

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小菊ノートをニタニタ眺めながらお酒と料理を楽しんでいると、一人、また一人とお客さんが来て、カウンター席が埋まったのです。

そして、カウンターに座った者同士、お友達に。オガタさん(右)と、ショーイチさん(真ん中)です。お二人ともつくばにお勤めだそうで、この時も仕事帰りとのことでした。驚いたのは、今日初めて会った二人が、小菊の前にはしごしていたお店が一緒だったこと。

「柳仙(りゅうせん)です。柳仙からの、小菊。これです」

とオガタさん。

他にもお二人とは、つくばに関するいろんな話をしました。そして、私とオガタさんが何かの話題で盛り上がって、真ん中に座るショーイチさんから目を放した隙に、事件は起きたのです。

気づいたらもう
書き始めてました

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ショーイチさんは、上着の内ポケットから慣れた手つきで油性マジックを取り出し(カメラマン談)、なんのためらいもなく、自分の顔に書き始めたんです(まずは口周り)。しかも、途中で変顔のサービスも入れながら……。

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「大丈夫です。ええ。いつも書いてますから」

いや頻度の問題じゃなくて。何が起こっているのか、理解するまでに少し時間がかかりました。

「前にね、体に赤いマジックで落書きして帰ったら(服もはだけ気味で)、夜道で見た人に通報されちゃって。“血を流して歩いてる人がいる”って。ハハッ!」

家まで送ってくれたおまわりさんが奥さんに、“お宅のご主人で間違いないですか?”って確認したんですって。

「そしたら奥さん、“違います”って言ってドア閉めようとしましたから。ワハハハハ!」

黒いマジックで落書きしたまま寝て、シーツを真っ黒にして怒られるのはしょっちゅうだそうです。最高です。もう一度言います。最高です。

つくばイチの
エンターテイナーです

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彼は、本物のエンターテイナーなんだと思います。この日、混んでてなかなか来ない代行サービスを待って退屈していたお客さんにも、「書いていいですよ!」ってペン渡してましたから。誰に頼まれたわけでもなく。右も左も巻き込んで、もうお店中、大爆笑。

しかも、散々みんなを楽しませて満足したショーイチさんはお会計を済ませ、ママに呼んでもらったタクシーに乗り込み、恐ろしいほど普通におうちに帰って行きました。みんなの笑顔に免じて、今日は怒られないといいな。いつかまたお会いしたいです。(これは、絡んだ方々みなさん!)

棚の上の多国籍な置物はね。

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ふと見た棚の上に、世界各国の民芸品やらオモチャやらが置いてあることに気がつきました。

「あ、それはね、お店に来るお客さんがくれるんですよ。ここら辺は研究所の方々とか多いからね、海外出張とかのお土産って言ってね」

みんな、お二人を慕ってる。お店は2018年で33年目になりました。

「もう長いから、ホントは綺麗にしたいんだけどね。常連さんが直さないでくれ、このままでいてくれって言うのよ。だから直せなくって」

といって、ママは笑いました。そういえば、小菊ノートには、こんな書き込みも。

9時頃に、二人の若いお客さんが来店されました。二人ともカウンターに座り、生中とレモンサワーを飲みながら語り合っていました。

途中、一人のお兄さんが、

「マスター、僕この店来るの7年ぶりなんですよね」と笑いながら言いました。

お兄さんは、

「マスターも、この店も、何も変わってないよ」

とレモンサワーを片手に言いました。

しばらく飲んだ後、お兄さんは、

「みんなもう32歳になっちゃったんだ……。もう立派な大人になっちゃったんだ……」

と切なげに言いました。

おあいそをした後、二人のお兄さんは自分たちが食べた食器を重ねてくれました。ありがとうございましたと一言僕が言うと、聞こえていなかったふりをして手を振ってくれました。

帰り支度が終わって店を出る時お兄さんは、

「子どもができたら絶対連れてこようっと。だってここはオレの青春だもん」

大きな声で、ごちそうさまーと言って二人は帰って行きました。

 

今、たまたまご縁があってここに集ってるお客さんたち。アルバイトの子たち。

それぞれの人生、来年の今頃は、ここにはいないのかもしれません。ただ、お店がここにある限り、みんな戻って来られるのです。私も、小菊はこのまま、この感じでいい気がします。みんながいつ帰って来てもほっとする、そんな雰囲気の、このままで。

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Photo by Etsu Moriyama
取材協力:つくば市

小菊

住所:茨城県つくば市竹園2丁目11-12

TEL:029-852-3158

営業時間:17:30〜23:00

定休日:日曜日

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