まるで「麦のコーヒー」。『世界のKitchenから』の新シリーズは、こうしてつくられた
2007年以来、世界中の家庭を取材し、日本人好みの味覚に仕立てリリースしてきたキリンビバレッジの『世界のKitchenから』。実際の商品開発ってどんなふうに行われているのか、ずっと気になっていたんです。
簡単に情報を集められる時代。取材といっても、まさか現地まで足を運んでいるわけじゃないよね……と思ったら、実際に行っていました。開発チームの人たち、「完全に旅人」だったんです。
これまで取材をしてきた国は、約20ヶ国。相当手練れの旅人です。今回は、新たにリリースされる『麦のカフェ CEBADA(セバダ)』の商品開発のバックステージを特別に聞かせていただきました。ぜひ、商品を飲みながら読んでみてください。まるで旅をしたような心地になって、きっと味わいも変わるはず。
はじまりは、「自家製をつくる」
——10年ほど前、はじめて『世界のKitchenから』シリーズの「ピール漬けはちみつレモン」を飲んだとき、感動したのを覚えています。パッケージも広告もお洒落で、以降新作が出るたびにワクワクして手にとっていました。まずは、シリーズの始まりについて教えてください。
菅谷恵子さん(以下、菅谷) 2006年当時、社員それぞれが新商品を考えてプレゼンをする合宿があったのですが、そこでひとりの社員が出した案がもとになっているんです。そのときはちょうど、大量生産する食の安全問題が重要視されていた社会背景がありました。その中で、「健康」と「作り手の顔が見える信頼」が、企業にも求められているんじゃないか?と。
——「健康」と「信頼」。
菅谷 そこでたとえば「HOUSE KIRIN」みたいな考え方はどうか?と。つまり、KIRINが作りだす、手作りの、自家製のおいしさを商品に落とし込む。大量生産しているけれども、作り手の顔が見えるハウスワインを提供するように商品をつくる。そんなブランドを立ち上げるのはどうだろう?っていうのが一番最初の、セカキチ(『世界のKitchenから』の略称)の大本のアイデアなんです。
——テーマを「世界」にまで拡げたきっかけは?
菅谷 会社のミッションとして、「おいしい」ということを高付加価値にできるブランドにしようと決まって。そこで、「旅」と「冒険」というのがキーワードになったんです。おいしい新発見って、旅や冒険に似ていて、ワクワクや出会いがありますよね。旅をしないと出会えない味、そこでしか見つけられない「おいしい発見」をヒントにしようとなったとき、世界中の家庭にはきっと、まだ知らないおいしいものがあるはずと、発展していきました。
何をつくるか?は
「決めず」に、旅にでる
——取材する国は、どうやって決めていくんですか?
後藤武知さん(以下、後藤) たとえば旅先がギリシャの場合、ギリシャはハーブが有名でよく使われるという情報だけを起点に現地に行くんですけど、それで何を作るかは、決まっていないんです。その取材のときは、最終的に商品はハーブティーになっていますけど、ハーブの炭酸になったり、ハーブを使った何か別のものになる可能性もあって。その場で何を感じたか、によって決めていきます。
菅谷 「素材の面白さ」に気づいて、じゃあそれを活かすために一番いい方法は何だろう?と。決して輸入ではないので、日本に戻ってから、むこうで見つけたものの良さを自分たちのキッチンで一度「解釈」し直して、その良さを伝えるために一手間をかけるという感じですね。
セカキチ開発旅の必需品!
①胃腸薬
「ベタですけど、これは外せないですね。各家庭で『結構な』おもてなしをしてくださるので……かなり重ためなケーキを焼いてくれたり(笑)。せっかくなのでと親戚一同集まってくれたりするので、お酒もたくさん。そんな取材が続くので、胃腸薬は欠かせません」(後藤)
②重量計
「これも絶対です。現地では、いろんなものを買い込むんですよ。食材だけに限らず、商品開発に使えそうだと思えば、本も、調理器具も。帰国する前、みんなでギリギリまでスーツケースの重さを計って、分担してなんとか持って帰ってきます(笑)」(後藤)「あと、梱包材も必須ですね。全員、パッキングのプロです(笑)」(菅谷)
決まっていたのは
「麦」で何かできないか?
ということだけ
——新商品『麦のカフェ CEBADA』は、スペイン・レバンテ地方のアグア・デ・セバダ(麦のコーヒー)がもとになっていますが、なぜ今回はそれを?
菅谷 まずはじめに、「麦の何かを作ろう」っていうことは決まっていました。麦は日本で馴染みがあるし、世界でも、麦などの穀物はその土地に根付いているという地域が多いです。何か面白い麦の知恵はないか?と思ったときに、アグア・デ・セバダ(麦のコーヒー)だけじゃなく、ウイスキーや麦のおかゆなど、いろいろ見てきたんです。
——その中でもアグア・デ・セバダに決められた理由は?
後藤 率直にいうと、現地で一番おいしかったですし、感動が多かったんです。やっぱり自分たちで飲んで、おいしいと思うのが大切なので。あとは、単純なおいしさだけではなく、どうしてそういう飲み物が飲まれているのか?みたいなことも現地の方に聞いていくと、結構深いストーリーというか、エビデンスがあって。それがよかったんですよね。
——どういったストーリーがあったのでしょう?
後藤 もともとスペインではコーヒーがよく飲まれていたんですけど、内戦のときにコーヒー豆を輸入できなくなってしまったようです。そのときに、国内にあった麦を使ってコーヒーを作り出し、それが今でも飲まれているところに面白さを感じました。
それは、コーヒーよりは軽く、すっきりと飲めるというところに理由があるみたいです。とくにヨーロッパの方はカフェインに弱かったりするので、コーヒーに匹敵する味わいの、麦のコーヒーが好まれているそうなんですよ。
——ほんとに、家庭で一般的に飲まれているんですね。
後藤 そうですね。現地に行くと、家庭だけじゃなくてスーパーマーケットや市場にも必ずセットで行くんですけど、そういうところでもちゃんと売っているんですよ。それも、インスタントとかドリップバッグとかではなく、家庭でつくる原料として。あとはパエリアの鍋とかも売っているんですけど、その横にアグア・デ・セバダをつくる専用の鍋も売っていたりしました。
セカキチ開発旅より、スペインの発見①
本場のパエリアは、シーフードが主流じゃない!
「どの家庭も、家の横にはなれのような建物があって。そこにパエリアを作れる大きなかまどがあるんですよ。ちなみに、味は家庭によって全然違います。日本だとエビやイカの魚介が基本だと思うんですけど、カタツムリやウサギを入れるのが現地では普通みたいです。でも、私たちが伺ったときは、『日本人の方は海鮮パエリアが好きだろうから』ってわざわざシーフードのものを用意してくださいました(笑)」(後藤)
決定打は、「レモンの皮」!
——現地で人気だったり、おいしいと思った先で、「日本での商品化への実現性」が高まったポイントはなにか感じられましたか?
後藤 現地で作っているところを見ていると、どの家庭でも、「レモンの皮をお湯で茹でる」ということをやっていて。「なぜレモンを使うんだろう?」ってみんなで疑問に思ったんです。
みんなで飲みながら議論をしていくうちに気づいたのが、コーヒーっていろんな要素が合わさったおいしさがあるなと。当然香りとかコクとかっていうのもなんですけど、苦味とかオイルっぽさ、酸味など。そういうものがある中、「麦のコーヒー」と言いながら単純に麦とか麦芽だけだと、やっぱりその要素が出てこないな、となりました。
——レモンの皮で、その要素をまかなえる!と。
後藤 そうなんです。レモンピールって苦さもあるし、皮の表面にオイル分があったり、酸味も、当然香りもあって、「これが合わさるとコーヒーみたいになるじゃん!」という発見があって、これならいけるかも!とつながっていきました。
現地でおとずれた、レモン畑。(「世界のKitchenから」スタッフ撮影)
——本当のコーヒーみたいに、アイスやホットなど、いろいろな飲み方ができるのでしょうか?
後藤 はい。そもそもは砂糖を入れて飲むものなんですけど、シャーベット状にしたり、ホットで飲んだり、ミルクを入れたりといろいろな飲み方があるということも現地で教えてもらって。そういう意味でも広がりがある飲み物なんだなと思いました。
——アグア・デ・セバダの取材に限らず、ほかにはどのような飲み物を取材されましたか?
後藤 インスピレーションを得るのって、飲み物だけではなくて、じつは料理だったり、お菓子だったりも多くて。なので、マーケット市場やスーパーなどで気になる飲み物や食べ物は、必ずチェックするようにしています。
セカキチ開発旅より、スペインの発見②
「レモンの “葉っぱ”の天ぷら」の食べ方がスゴイ!
「これは衝撃を受けましたね(笑)。なにがビックリって、葉っぱは食べずに、衣だけを食べるんですよ。レモンのオイル分が葉に含まれていて、潰すとレモンの香りがするんですけど、ツバキの葉に似ていて硬くて食べられないんです。でもそれを型のようにして揚げると香りが衣に移るので、葉っぱを剥がしながら衣だけ食べるっていう。面白かったので、何かできないかなって……飲み物には難しいんですけどね(笑)」(後藤)
「間違えて葉っぱを食べたら、現地の人に笑われちゃいました(笑)」(後藤)(「世界のKitchenから」スタッフ撮影)
旅中は、思わぬところにもヒントが
現地で書いた、カフェ丸。「ひとりで勝手に考えた、アグア・デ・セバダのキャラクターです。別名で『カフェ・デ・マルタ』とも言うので、そこから考えました。誰にも発表できずに眠っていたんですけど(笑)」(後藤)
——純粋な疑問なのですが、つい「仕事である」ことを忘れてしまったりしません?
後藤 そうですね。あんまり開発の旅っていう感覚が強くないような(笑)。すべてが開発というか、何かしらには使えるだろうと思っているので。たとえば取材する家庭と家庭の合間の移動時間って結構大切だったりして。通訳さんとかに、料理とはまったく関係ない現地で流行ってるスポーツについて聞いたりとか、そういう話も結構面白かったりします。
——そういった時間に得た空気感が、開発に還元された例はありますか?
後藤 たとえば「スペインは太陽がいいなぁ」って、朝日を見ながらふと思ったときに、パッケージのキャップの表面に太陽のイラストを印刷できないかな?と。結局それは叶わなかったんですけど。細かいことですが、そういうのが商品の味わいやパッケージデザインに、多少なりとも活きてきたりとかはするのかなと思います。
——隙間の時間にもヒントやインスピレーションが、たくさん散りばめられているんですね。
後藤 そうですね。違う商品の開発でギリシャに行ったときは、自由時間こそないものの、やっぱり行っとかないと、と思い、朝出発までの1時間半で神殿までダッシュしました(笑)。山の頂上にあるのがずっと見えていて、富士山の麓にずっといる、みたいな感覚になって。歴史のある建物だから、あれがギリシャ人の心にあるんだ!と信じて(笑)。
セカキチ開発旅より、スペインの発見③
市場では生ハムが足ごと売られている!(しかも安い)
「売られているものの中でも、すごかったのは肉系。足ごと売られている生ハムが、かなり安いんですよ。一番安いものだと40ユーロ(日本円:約5200円)くらい。買って帰りたかったんですけど、飛行機に持ち込めないので、現地でたっぷり食べました(笑)」(後藤)
市場。天井がドーム状になっていて、光が入る。(「世界のKitchenから」スタッフ撮影)
セカキチ開発旅より、スペインの発見④
バレンシアにある駅は “まさかの” 装飾が可愛い!
「個人的に好きだったのが、バレンシアにある『ノルド駅』。外壁が白い建物で、そこにオレンジの装飾がたくさんついているんです。駅構内にも、オレンジやレモンの壁画が飾られていたりして。取材の報告書に『駅が “フルーツケーキ” みたいだった!』と書いて、みんなに引かれるという(笑)」(後藤)
ノルド駅。よく見ると、オレンジの装飾が。(「世界のKitchenから」スタッフ撮影)
旅先で得たインスピレーションの
「持ち帰り」かた
現地でもらったヒントや、取材内容を書き留めるメモ。「一緒に行ったデザイナーさんのメモは、細かい絵とかが描き込まれていて、本当にすごいんですよ」(菅谷)
——現地で得たインスピレーションを持って帰国して。メンバー同士ディスカッションをするときは、なるべく言葉に落とし込んで共有するのでしょうか?
後藤 言葉ではなく、やっぱりモノですよね。実際に、自分たちで料理や飲み物を作る。でも旅先の国と日本では、用意できる素材も違えば環境も違いますよね。だからそれを「そのまま再現」するのではなく、得たインスピレーションを忘れずに、「他のやり方での再現」を、みんなでキッチンで話しながら目指すんです。
——あくまでも、一番大事な素材は「インスピレーション」と。
菅谷 たとえば現地にしかないハーブがあって、味わってみたときに感じた魅力がインスピレーションだとします。じゃあ、それを日本のシソで代用してみるのはどうだろう?と。発想を転換して、実際に日本にある食材で作ってみて、それを何かと掛け合わせたり、調味料を入れたり煮たりしています。
その時に大事なのが、向こうに行った人にしか味わうことができない記憶。行ったみんなが感じた自分たちの味の直感みたいなものをしっかり持っておいて、様々な角度から意見を言っていくことが、豊かな発想につながっていくと思っています。
セカキチ開発旅より、スペインの発見⑤
男女平等の文化が進んでいる!
「一軒目に取材をさせてもらったご家庭は、料理をしてくれたのが、まさかのお父さんで。『世界のKitchenから』といえばお母さん、みたいなイメージがあったんですが。やっぱり男女平等の文化が進んでいるんだなって。そしてその頃、奥さんは子どもの面倒を見ながら写真写りを気にしたりとかしていて。ソワソワしていました(笑)」(後藤)
スープを作ってくれたお父さん。(「世界のKitchenから」スタッフ撮影)
「ウサギの肉やエスカルゴが入ったスープ。食べるスープという感じ。見た目は結構強烈なんですけど、食べてみたらおいしくて。魚介を出汁につかっているので、日本人には嬉しい味なんです」(後藤)(「世界のKitchenから」スタッフ撮影)
旅を終えて、できあがったのは
まるで「麦のコーヒー」の味わい
——『麦のカフェ CEBADA』、いただきましたが本当に新感覚で。どこにも属さない新しいカテゴリーの飲み物だなと。
菅谷 飲料業界には「コーヒー」「お茶」「果汁」など、飲み物のカテゴリーが決まっていて、その中でどれがおいしいか?みたいな話になりがちだと思うんですけど、『世界のKitchenから』シリーズは、そういうカテゴリー発想ではないんです。
既存の飲料カテゴリーにとらわれずにいたいと思っているので、カテゴリーとカテゴリーのハイブリッドだから新しいでしょ?驚くでしょ?っていうことはやりたくなくて。現地でのインスピレーションをもとに、新しいおいしさを探求していくと、どうしても新しいカテゴリーの飲み物になります。本当に、「おいしい」と思うところにチャンスがあると思っているんです。
——相対的ではなく、絶対的においしいものを。
菅谷 はい。そしてそれが、今の時代のトレンド、飲料のトレンドの中にハマっていくと大きく育っていくんだと思います。『世界のKitchenから』は、そういうブランドなのかなと思っています。