いまや、日本には「文化大使」たる最強の配信者がいた【Vtuber】
インターネットが世界を覆い、あらゆる環境が一変した今日。
多くの国内企業が、自社の広告塔に最適な、購買層を直刺しするアイコンの選定に頭を悩ませていることだろう。でも、少し視点を変えてみると、日本人ならよく知っているはずだ。
コアな支持とはすなわち、“推しへの忠誠”に他ならないと──。
日本発、世界最強のインフルエンサー
昭和〜平成にかけて全盛を迎えた日本のアイドル文化、そして今ではそれを内包する“推し文化”は、アニメや音楽、テクノロジーの垣根を越えてインターネットのカオス状態に光を射し続けている。
日本におけるインターネットの黎明期はオタク的な側面が強く、ボカロやアニメ、ゲームといったコンテンツが、ニコニコ動画や2chを中心に限定的な発展を遂げていた。
当時のネットの住人にとって、推し文化とは一種のカルトであり、狂信的と言えるほど強力な支持を誇っていたと言えるだろう。ボカロに青春を捧げた筆者も含め、オタクとはライフスタイルであり、推しに捧げる(貢ぐ)のは使命だ。
実用的だとかオシャレだとかは関係なく、グッズが出れば買う。身の回りを推しに関連したモノで揃えれば、画面と向き合っていない時間も愛を抱き続けられる。
オタクの購買意欲を集める方法はシンプルで、彼らの推しを味方につけること。
それは、企業やブランドがソーシャルメディアの広告に著名人やインフルエンサーを起用するのと同等か、それ以上に効果的なマーケティングだ。ただ一つ、それがニッチな需要であることを除けば。
さて、オタクは推しが絡めば何でも買うので経済的だが、その対象と人口規模が小さいのが問題。前置きが長くなったが、このジレンマを突破した開拓者こそ、本稿のテーマ「Vtuber」なのだ。
彼ら彼女らは、オタク的な狂信性を持ちながら、ニッチを超えて世界中に信者を獲得した。
日本的な貢ぎ精神旺盛なファンを持つ、世界で唯一のグローバル・アイコン。最強のインフルエンサーが誕生したのだ。
「1分半のYouTube動画」が世界を変える
オタクの狂信性は経済の循環において極めて効率的に思えるが、振り返ってみて、十年ほど前の日本はそれに気が付いていただろうか?
恐らく「ノー」。社会からの風当たりは強めで(かえってそれが更なる熱狂に繋がったのも事実だが)、大企業や大衆社会がネットカルチャーに注目することはかなり稀だったように思う。
そんな日本社会に転機が訪れたのは、勢力が世界に拡大した後の話。2016年に、インターネットのオタク文化は一つの集大成を迎えた。
世界最初のバーチャルYouTuber(VTuber)でV世界の「親分」、キズナアイの登場だ。
同年11月に投稿された、A.I.Channel(彼女のメインアカウント)の初投稿『【自己紹介】はじめまして!キズナアイですლ(´ڡ`ლ)』。
画面に現れたCGの少女は言った。
「普通のYouTuberと違うぞ、と思ったそこのアナタ!私じつは、二次元なんです……あれ、3Dだから三次元?」
「まぁとりあえず、バーチャルってことで、“バーチャルYouTuber”って響き、カッコよくないですか?」
そう、彼女のこの発言こそが、いまや世界共通の一般名詞である「Vtuber」の起源。
先行していたYouTuberのカルチャーに日本の“萌え”を迎合させたテクノロジーの結晶は、世界に衝撃を走らせた。海を超えて、数多の人々が彼女に萌え、推し始めた。
さて、後にVtuberの市場規模が国家予算レベルに到達するのは言うまでもないが、ここで注目したいのは、キズナアイの人気は、日本国内よりも海外の方が顕著だったということ。
2019年、コンテンツビジネスの総合展「コンテンツ東京2019」においてキズナアイに関するディスカッションが行われた際、彼女の登録者は7割近くが中国やアメリカといった海外であることが言及された。
デビューから1年経つ頃には『BBC』や『The Verge』といった海外の著名メディアが特集を組んでいたし、2018年には日本政府観光局ニューヨーク事務所の「訪日促進アンバサダー」に任命された。
2019年に『ニューズウィーク』が「世界が尊敬する日本人100」に選定した頃、世界ではすっかり日本のアイコンとして定着していたのだ。
一人のオタクとしても、この時期は日本社会がオタク文化に目を向け始めた頃だったように感じる。
彼女を通して、「推し」という概念はもはやニッチな日本人オタクの奇行ではなく、世界共通の消費活動となったのだ。
キズナアイとVtuberの世界的躍進が、新時代の“日本らしさ”を切り開き、日本はその認識を逆輸入する形で現在の状況に落ち着いたのではないだろうか。
貢ぎの究極系、
“愛の投げ銭”は国家予算規模に
2017〜18年にかけてVtuber文化は(キズナアイによれば)“何かが弾けた”ように拡大し、「ホロライブ」や「にじさんじ」といった現代のV世界の中枢を担う事務所が成長してくる。
Vtuberが増えれば必然的に視聴者も増えるわけで、今ではYouTubeの投げ銭機能である「スーパーチャット」の金額は衝撃的な数字を見せることも。
直近の例として、1月10日に配信された宝鐘マリン(ホロライブ所属)の「登録者300万人耐久」動画。現在もっとも人気のあるVtuberの一人である彼女の記念配信、わずか3時間の間に投入されたスーパーチャットの合計額は、6,861,948円。
「1本で600万円超え」──こう聞くと、Vtuberがいよいよ日本経済にとって無視できない存在であると感じられるのではないだろうか。
ちなみに、1配信であの数字を叩き出した宝鐘マリンだが、スーパーチャットの収益累計額で見ると彼女はYouTube史上4位。
では、その他はやはり海外勢なのか?ここで、「ライブランキング」よりスーパーチャット累計額のランキング(2024年1月19日時点)を見てみよう。
1位 Rushia Ch. 潤羽るしあ / 377,186,708円
2位 Coco Ch. 桐生ココ / 339,254,122円
3位 Pekora Ch. 兎田ぺこら / 315,843,246円
4位 Marine Ch. 宝鐘マリン / 285,072,574円
5位 jun channel / 235,535,101円
6位 Kuzuha Channel / 233,934,580円
7位 Aqua Ch. 湊あくあ / 229,703,971円
8位 Lamy Ch. 雪花ラミィ / 225,390,253円
9位 Kanata Ch. 天音かなた / 223,391,270円
10位 不破 湊 / Fuwa Minato【にじさんじ】 / 210,304,944円
トップ10を日本勢が独占、そのうち9人はVtuberである(jun channelこと加藤純一はVtuberではないが、彼の特異性については本稿では省略)。
もはや言うまでもないが、海外が始めたスーパーチャット機能の恩恵に肖っているのは、紛れもなく日本……というより、Googleが知っていたかはさておき、この機能は昔から続けられてきたオタクと推しとのコミュニケーション手段の進化系なのだ。
ビジネスソリューションプロバイダの「矢野経済研究所」によると、Vtuberの市場規模は2023年時点で800億円が見込まれていた。勿論、この金額は他の収入源を加味したものだが、いずれも“愛を投げる”行為であることに変わりはない。
オタクが密かに培ってきた「貢ぎ」の作法は、グローバルなテック業界に轟くまでに成長したと言えるだろう。
IPであり、インフルエンサーでもある
Vtuberという存在がこれほど世界にとって斬新であったのは、彼らがIP(Intellectual Property=知的財産)とインフルエンサーの性質を併せ持っていた点にあるだろう。
まず、彼らはアニメやゲームにはじまる日本的なビジュアルを備えたキャラクターであり、グッズや二次・三次利用のライセンスを通した巨大なビジネスに繋がる。
事実、『impress』の報道によると、2022年のVtuber市場は520億円の全体のうち50%以上を「グッズ」の項目が占めており、IPライセンスによる版権・商品化権が大きな収益を生むことを証明している。
キャラデザインやモデリング、洗練されたモーションキャプチャー技術など、ゲームやアニメで培われたテクノロジーに支えられた個性の確立が、国内外を問わずグッズ販売に効果的なのは言うまでもない。
こうした日本的なIPビジネスを成立させたという意味で、Vtuberの躍進は日本文化の一つの集大成と言えるだろう。
一方で、Vtuberが既存のアニメキャラクターやアイドルと決定的に異なるのは、中の人と表裏一体の「インフルエンサーである」ということ。
二次元(人工)である彼らの容姿は、常に完璧。誰もがビジュアル満点だからこそ、その他の差別ポイント=性格や話し方、配信内容(≒趣味)といった内面的な要素が重要となり、結果的にバーチャルの存在であるにもかかわらず“人間的な”魅力が評価される傾向にある。
内面も含めた深い愛が、先述の特大規模の貢ぎへとつながっているのだろう。そしてこの傾向が、現代の国際社会でVtuberが注目される一因にもなっているようだ。
推しが男か女か?
そんな事は、大した問題じゃない
容姿に囚われずに活動ができることから、現在では性別や外見をはじめとする制約を超越した活動としても認知されつつある。『BBC』の記事では、Vtuberの特徴の一つに「個人やアイデンティティの問題を払拭できること」が挙げられた。
そもそも、オタクの間では昔から“男の娘”(≒ある種のトランスジェンダー)の概念が浸透しているし、百合(女性の同性愛)や腐(男性の同性愛)も至って一般的。推しへの愛を前に、旧来の性別など大した問題ではない。
こうしたカルチャーを汲むVtuberの世界でも、同様の許容性が受け継がれている。
さらに、これは世界的なポリコレ事情に適応するだけでなく、“バ美肉(バーチャル美少女受肉)おじさん”と呼ばれる美少女のアバターを使った成人男性や性別不詳の配信者の登場など、多様性における新境地を切り開く事例にも繋がっている。
オタク的なモノの見方が、Vtuberを通して世界の社会運動とリンクする。ジェンダーギャップ指数が先進国最低レベルの日本ではあるが、海外から見る「日本っぽさ」の中には、もっと先進的な側面があるのではないだろうか。
ほぼ無限の活動領域=日本らしさ。
Vtuberの発展を理解する上では、彼らの活動領域の広さにも注目すべきだろう。
「バーチャル」という言葉からゲームやデジタル関連のイメージを連想させる(実際にこれらはメインコンテンツである)が、いまやVtuberの動画はSNS投稿と同様に、あらゆるコンテンツが題材となり得る。
ゲーム実況やeスポーツ対戦のほか、「歌ってみた」に始まる音楽系、ASMR、さらには科学・英語などの授業やイラストレーターの作業配信etc……ひとえにVtuberといっても、その配信内容は実に多様だ。
特に音楽は主流コンテンツの一つであり、カバーに加えてオリジナル楽曲が書き下ろされることも多い。活動が広がった現在では、一つの音楽シーンと呼べるまでに成長している。
Vtuber音楽と密接に関わっているのはボカロやアニソンといった領域であるわけだが、ニッチな領域だったこれらが世界的インフルエンサーを通して世界へ広がることで、さらなるクロスオーバーに繋がるのだ。
最たる例として、「ニコニコ超会議2018」で披露された衝撃のパフォーマンスを挙げよう。
キズナアイと小林幸子がコラボレーションし、あの『千本桜』を歌唱したのだ。
ボカロとVtuberに、演歌歌手。こう聞くとあまりにも突飛だが、世界の言う“日本らしさ”はこういったクロスオーバーの連続によって形作られている。この例もまた、ジャンルレスでカオティックな日本らしさの一つと言えよう。
そして、音楽シーンの隆興に不可欠となるのがライブ。バーチャルはもちろんのこと、年末に東京ビッグサイトで開催された「にじさんじフェス」をはじめ、近年は大規模なリアルイベントも増えてきている。
近年のVtuber起点のリアルイベントには海外からの来客も増えているし、超会議やコミックマーケットに並ぶインバウンドに直結する名物となる日は近いのかもしれない。
オタクの忠誠心、世界を動かす
さて、Vtuberという存在を少し理解してみると、彼らが単なるニッチな国内コンテンツではなく、世界に誇る新たな日本の「顔」に思えてくるのではないだろうか。
長きにわたってオタクたちが築き上げたクリエイティブの結晶は、いまやインターネットの小さなコミュニティを超え、日本のコンテンツを世界へと紹介する窓口となっている。
他のジャンルとの迎合を含め、こうしたカルチャーの発展はクリエイターだけでたどり着けるものではなく、ファンとの連鎖反応の中で生まれるユニークなコミュニティの軌跡だ。IPやスーパーチャットなど、Vtuberにはこの性質が色濃く反映されている。
最初の話に戻るが、国内経済を促進させるアイコンを探そうと思った時、彼らほど国際的なスケールで、幅広い領域を包括し、個性を活かし、熱狂的な支持を集める存在が思い浮かぶだろうか?
もちろん、本稿で「企業の広告等はVtuberが最適だ」と提言するつもりはない。ただ、不安定な国際社会における日本のポジションを俯瞰するうえで、彼らの存在を頭の片隅に置いておくメリットはあるはずだ。
何せ、もはや奉公奉行に近いこの構図こそが、現代の「クールジャパン」を形作ってきた本質なのだから。