いま、火星の生命体と接触するのが危険な理由
ここ10年で地球外生命体が存在しうる天体はいくつも発見されている。なかでも、その可能性が高いと言われる火星には、世界各国が探査機を打ち上げている。
探求が進むとともに進化するのは、サイエンス・フィクションの世界も同じらしい。間もなく公開となる『ライフ』は、火星で見つけた恐ろしい生命体と向き合う宇宙飛行士たちの悲劇を描いたSFホラーだが、「このような未来があり得るかもしれない」と注目が集まっている。
未確認生物を見つけたとして、それが人類に影響を及ぼす可能性はあるのか。太陽系の地球外生命体について研究している東京大学の関根康人准教授に映画を観てもらい、くわしく話を聞いた。
東京大学准教授。地球惑星科学を専攻し、地球や太陽系内外の天体について、特に生命が存在する、もしくは存在しそうな天体が、どうやって今のような姿になったのか、どのように誕生し進化してきたのかについて研究している。
火星に生命はいると思う
ーまず最初に。この宇宙空間に、生命がいる可能性のある天体はどれくらい存在するのでしょう?
関根:それは数え切れませんね……。
ーえっ、そんなにも!?
関根:はい。ただ、可能性はそれくらいあるんですけど、実際に証拠を発見できるかどうかがポイントで、やはり誰が見ても「これは生命だ」って言えるような証拠が得られる天体となると、その数はガクッと減ります。
ーやはり太陽系に限られてしまう?
関根:そうですね。いま現状の科学技術では、太陽系外の天体に行ってサンプルを持って帰ってくるには、一番早いロケットを飛ばしても数十万年かかります。着いた頃には、出発当初いた人はいません。というような状況なので、行って、サンプルを持って帰ってきて、確かめられるのは太陽系に限られるんじゃないかなと思います。
なかでも火星は行くのに1年、帰ってくるのに1年。十分検証ができます。
ー火星上の生命に関する研究はどこまで進んでいるのですか?
関根:ある天体で生命を育むためには3つの要素が必要です。1つは液体の水。2つ目は有機物。我々の体の部品のようなものです。最後はエネルギーで、我々が、食べた物を酸素と同時に燃やした時に得られるものです。
液体の水の存在は30年以上前から分かっていたんですけど、有機物とエネルギーについては明らかではありませんでした。でも、5年ほど前、火星上にキュリオシティというNASAの探査車が降りて、むかし湖だった場所の泥を採取し、調査したところ、有機物と、火星の大気にエネルギーを作るのに不可欠な酸素があった形跡を示す酸化物を発見しました。ただ、有機物については、生物の起源なのか、何か別のものの起源なのか、そこまでは分かりません。
ーいま、火星に生命はいますか?
関根:その可能性はあると思います。火星の大気にメタンガスが噴出しているということも最近明らかになっていて、それは、微生物が二酸化炭素と水素を反応させて作るものなんです。現在進行系で作られているのかもしれないし、かつていた生き物が作ったメタンが氷で固まっていて、いま溶け出しているのかもしれない。現状は、どちらの可能性もあります。
いまは、事実究明が許されていない
ーむかしいた痕跡なのか、いま存在する証拠なのか、それが分かるのはまだ先の話ですか?
関根:そうですね。火星上でも、いまでも水が流れていると思われる場所もありますが、そこには、キュリオシティは近づけないんです。
ーそれは、どうしてですか?
関根:火星でもそのような場所では、地球上の微生物が生き延びられる可能性が高いです。ほかにも、太陽系の探査が進んできたなかで、地球から持っていった微生物が、ピンピン生きているどころか繁殖までしてしまう可能性のある天体がいくつも見つかっているんです。
で、キュリオシティに微生物が付着していないとは限らない。というより乗用車くらい大きなキュリオシティから1体残らず微生物を駆除するのはまずムリです。地球の生命が他天体で繁殖してしまう可能性があるので、それを避けるための惑星検疫という取り決めが、NASAや国際宇宙機関を中心に、急ピッチで考えられています。
ー惑星検疫とは?
関根:はい、英語では「Planetary Protection」と言うんですが、地球上の生命で他の天体を汚染しない、あるいは他の天体から生命を持ってくる時も地球上の生命が逆に汚染されないように、きちんとした枠組みを作ろうというものです。
ーたとえばどのようなルールがあるのでしょう?
関根:できる限り滅菌するのがひとつ、あとは、さっき言ったように実際に液体の水が流れている場所に探査車はむやみに近づかないというルールがあります。
基本的には、以前湖だった場所とか、いまは泥が乾いてしまっている場所とかを調べるので、むかしの環境を復元するとか、生物の痕跡を探すとかはOKなんですが、実際に水が流れている場所に探査機を送るのは、かなり厳しい取り決めがあります。
これらは火星についての取り決めですが、木星の衛星エウロパっていう天体だと、着陸自体にもかなり厳しい規制があるとか、ほかにもいろいろ。
いま挙げたのは向こうを汚染しない取り決めで、向こうからサンプルを持って帰ってくる時の取り決めもたくさんあります。
ー向こうからサンプルを持って帰ってくる時の具体的な取り決めは?
関根:他の天体のサンプルを採取した時に、そのまま地球に持って帰ってくるのではなくて、一度、地球の環境から完全に隔離された場所に持ち帰るというのが基本方針です。ISS(国際宇宙ステーション)もひとつの候補です。
ー隔離は、どれくらい厳重なのでしょう?
関根:地球上でも、感染性と致死性の高い細菌・ウィルスに関してはバイオセーフティーレベルという基準が定められていて、レベル4がマックスなんですが、エボラ出血熱がレベル4。人類にとって危機的なものが繁殖しないよう、もう何重にも隔離された実験設備になります。
それと同等に隔離された場所でなければ、火星のような生命がいる可能性のある天体から持ってきたサンプルは開封してはいけない、と取り決められています。
火星上の生命が、人類に影響を及ぼすかもしれない
ー今回、関根先生にも『ライフ』を観ていただきましたが、この作品をどうご覧になられましたか?
関根:まず、先程、惑星検疫の取り決めが急ピッチで進められているとお話しましたが、そういう部分では非常にタイムリーな映画です。
あとは、内容がリアルですね。現状、宇宙に生命を探してそれをどう持って帰ってきて、我々がどう扱ったら良いのかという方法論がないんです。その事実をまざまざと見せつけられた気がします。地球外生命にとって、別に、あちらは地球に持っていかれることがウェルカムな状態じゃない。きちんとした方法論を取らないといけないというのは言葉では分かっているんですが、映像という形でリアルに見せられると、宇宙生物学に携わっている人間として本当に考えさせられます。
ー具体的にどこの辺がリアルでしょう?
関根:これまでは、ある種の楽観論に基いて探査が進められていて、最悪のケースに備えてどう対処をすればいいかまでは考えられていません。
というのも、火星本体からサンプルを持って帰ってくるのはバイオセーフティーレベル4なんですが、火星の衛星から持って帰ってくるのはレベル2くらい。地球の月と同じように大気もなければ水もない天体から持って帰ってくるサンプルは、ほとんどバイオセーフティーがかからないんです。
日本は火星衛星の探査を計画しています。我々は、その衛星表面に火星本体から飛んできたサンプルも含まれていると思っているんです。火星衛星からのサンプルをレベル2で開いた場合、そこに火星本体由来の生命が含まれていれば、人類に影響を及ぼす可能性もあります。この映画では、そういう実際に起こらないとは100%言い切れない最悪のケースが描かれていて、観ながら怯えてしまいました。
ー真に迫る内容だったのですね。ISSのセットも実物と近いですか?
関根:はい、採取した火星のサンプルを調査していた隔離部屋の構造も、実際のISSに非常に近いですね。ふだん地球外のサンプルの分析方法なんて見れませんから、自分が当事者になったような気持ちで観れるというのは新鮮だと思います。あそこに立つことこそ僕の夢で、もし叶うなら、映画のような恐ろしい目に合うのも本望ですね(笑)。
『ライフ』
無重力の国際ステーション(ISS)という限られた空間の中、未知の恐怖と向き合う6人の宇宙飛行士の恐怖を描いた“最強SFホラー“。「生き残る」ことが本能の<未知なる生命体>。ヤツを「地球に行かせない」ことが6人のミッション。無重力のISSから<惨劇>が始まる──。
公開日:2017年7月8日(土)
出演:ジェイク・ギレンホール、ライアン・レイノルズ、レベッカ・ファーガソン、真田広之
監督:ダニエル・エスピノーサ