『おクジラさま ふたつの正義の物語』あなたは「違い」を愛せますか?

この映画のタイトルにある「ふたつの正義の物語」という言葉が気になった。

撮影に同行したジャーナリストの知人にどんな映画なのかを聞いてみたら、一言で説明するのは難しいけれど、という前置きがあり、こんな答えが返ってきた。

「『正義の反対は悪ではない。また別の正義である』。この有名な文章を体現した映画です」と。

実際に作品を観て、なるほどと思った。そこに悪は描かれておらず、ふたつの正義がずっと衝突したままだったからだ。そして、これまでマスメディアが報じてきた、「捕鯨を守りたい日本人、それを許さない外国人」という単純な二項対立の図式ではなく、多種多様な主張が絡まり合っていく様子をカメラはしっかりと捉えていた。

『ザ・コーヴ』を観た時の疑問が
映画制作のきっかけに

『おクジラさま ふたつの正義の物語』の舞台は、紀伊半島南端に近い、和歌山県太地町(たいじちょう)。人口3,000人あまりのこの静かな町を世界的に有名にしたのは、太地町の追い込み漁を批判的に描いたドキュメンタリー『ザ・コーヴ』(2009年)だった。

この映画を機に、捕鯨に対して批判的な活動家やメディア、それとは反対に日本の伝統・文化として擁護する様々な立場の人々が、太地町に押し寄せるようになってしまう。そして、一連の騒動を海外で複雑な想いで見つめていたのが、本作の佐々木芽生監督であった。NYを拠点にメディア業界で広く活躍してきた彼女は『ザ・コーヴ』に関して2つの疑問を持ったそうだ。

1つは、欧米で見聞きする報道が、あまりに一方的、且つ、批判的で、クジラと共に生きてきた地域や人々に対する理解や情報がないこと。もう1つは、日本からの反論の声が聞こえてこなかったこと。『ザ・コーヴ』がアカデミー賞を受賞した際、背中を押される形で自らドキュメンタリー制作に踏み切ったようだ。

太地町は、400年前から捕鯨をして暮らしてきた場所だ。水も少なく、米も野菜もあまり収穫されないという状況がある。戦後の食糧難の際には、クジラを食べることで生き長らえたという歴史もある。さらに、食としてだけでなく、自然に対する畏敬の念をはじめとした精神文化や伝統としても受け継がれてきた。

一方、シーシェパードの本部があるアメリカも、かつては、太地町と同じくクジラを捕獲していたが、1970年代から環境保護へと方向転換したようだ。グリーンピースなどの環境保護団体が中心となってSAVE THE WHALES(クジラを救え)というキャンペーンで、クジラという動物が絶滅の危機にあると訴えて、世界中で保護運動を展開した。

両者は、以下の3つの点において大きく考え方が異なっているようだ。

①クジラ、イルカについて
日本ー魚介類の一部、資源として持続的に有効可能
欧米ー人間に近い知能を持つ、特別な存在、人類共有の財産

②牛、豚、鶏について
日本ー命ある生き物
欧米ー自国内で再生産できる資源

③伝統
日本ー保護・継続するもの
欧米ー破壊して文明化を進めるもの

もちろん、これは大まかな分類で、必ずしもすべての人にあてはまるとは限らない。本編にも、20年近く太地町に暮らす友好的なアメリカ人ジャーナリスト、そのアメリカ人を受け入れる地元漁師たちも登場する。

グローバル vs ローカルの
価値観の衝突

本作に寄せるメッセージで、佐々木監督が指摘しているのは、日本からの発信のまずさだ。先出のアメリカ人ジャーナリストにも指摘されるシーンに集約されているのだが、インターネットとSNSで一瞬にして情報が拡散される時代に世界と対話をしてこなかったことは、大きなディスアドバンテージだったとのこと。国際世論の大半が反捕鯨になってしまった状況を覆すのは、レベルの高い情報発信の戦略と覚悟が必要だと佐々木監督は言葉を続ける。

しかしながら、太地町の漁師たちにしてみれば、自分たちが必死で守ってきた仕事や伝統が脅かされた上、誇りやアイデンティティを傷つけられた怒りと不安は、現代の諸問題に重なるとも指摘する。いわゆる世界のあらゆる場所で起きているグローバル vs ローカルの価値観の衝突だ。

僕が関心を深くした彼女の主張は、「この衝突はドナルド・トランプがアメリカ大統領に当選した選挙やイギリスが国民投票でEUから離脱したことに重なる」というポイントだった。

つまり、トランプ大統領の単純で扇情的な言葉はTwitterで拡散され「Make America Great Againーアメリカを再び偉大に」というスローガンは、グローバル化に取り残されて悔しい思いをしていた有権者を動かした。そして、EU離脱にしても同じようにグローバリズムに反発を感じたイギリスの地方の人たちの怒りと不満の結実だったという。

衝突によって、僕たちは違うことを改めて知ることができる。その違いを愛するか、拒絶するのかは、僕たち次第だ。ますます、グローバリゼーションが進む世界において1番大切なのは、対話をしながら「共存」することではないだろうか。様々な考え方や価値観を持った人がいて、この世界はできている。その多様性があるからこそ、社会や文化は豊かになるはずなのだから。 

『おクジラさま ふたつの正義の物語』
2017年9月9日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー。
公式サイトはコチラ

Licensed material used with permission by おクジラさま
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。