「平成の米騒動」をもたらした、あの6月。地球で何が起きていたのか?

何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。

それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。

アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?

ピナトゥボ火山大噴火

「米騒動」なんて聞くと、いったいいつの時代の話かと思われるかもしれません。

過去、私たち日本人は2度、米騒動を経験してきました。1度目は1918年のこと。第一次世界大戦が長期化するなか、米の価格が高騰しておきた暴動。そして、2度目は1993年に起こった「平成の米騒動」です。

同年の国内米生産量が979.3万トンと前年比の約74%に落ち込み、人々は米が手に入らず、政府は各国に米の緊急輸入を要請。タイ米が大量に出回ったんですが、使い慣れない米に苦労したり、衛生問題も取り沙汰されたりと、てんやわんやした年がありました。

今日はこの平成の米騒動の原因がテーマ。

1993年、日本に深刻な米不足をもたらしたもの、それは冷夏でした。日本から夏を奪ったこの年、直接的な原因となったものはなんだったのでしょう? それを紐解くカギが遡ること2年前。1991年6月のピナトゥボ火山大噴火だったのです。

 

フィリピン・ルソン島にある活火山ピナトゥボ山では、同年4月ごろより小規模な水蒸気噴火を繰り返していました。そして6月7日、およそ400年ぶりとなる1回目の大噴火が発生。ここから、数日間にわたって噴火を繰り返しました。

12日の噴火では、噴煙柱が高度2万5000mまで上昇、15日には最大規模の噴火が発生し、噴火以前には標高1745mだった山が、噴火後1486mへと低くなってしまったと言うんですから、とんでもない破壊力だったことが想像できます。

のちに、20世紀に陸上で発生した最大規模の噴火と呼ばれるピナトゥボ火山の大噴火。当然、その影響は世界中へと及びました。

まず、噴火によって大量の大気エアロゾル粒子が成層圏に放出されたことで、地球規模で硫酸エアロゾル層が形成。何ヶ月にもわたって大気に残留することになります。これにより、日射量が極端に減少し地球の気温が約0.5度低下することに。

数字だけで見ればたった0.5度。ところが、これが日本に冷夏をもたらすことに。

1992年の冷夏は過去にも経験があるほどのもの。ところが翌年の大冷夏はじつに80年ぶりだったそうで。折しも93年は梅雨前線が長期的に日本列島に停滞し、梅雨明けとなったのは8月に入ってから。

前年の冷夏からの記録的な大冷夏。そこに加えて長雨ときて、農作物は軒並み不作、いや「凶作」となり、先の「平成の米騒動」へと発展したと言うわけです。

有史以来、大規模な噴火は一時的であれ、地球規模で気候をガラリと変えるトリガーとなってきました。記憶に新ところでは、今年1月に発生したトンガ沖海底火山の噴火もまた、気温低下を招く可能性も懸念されています。

専門家らは気候への影響は「限定的」と見ているようですが……「令和の米騒動」とはならないことを祈りましょう。

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