「史上最高の環境写真」をオートクチュールに。イリス・ヴァン・ヘルペン、究極の知性と美意識

写真は1968年12月24日、人類初となる有人での月周回ミッションを成し遂げたアポロ8号の乗組員のひとり、ウィリアム・アンダースが撮影したもの。

荒涼とした月面の向こう、青き地球が顔を出す。「Earthrise(地球の出)」と称されてきたその写真は、“史上もっとも影響力のある環境写真”とも呼ばれている。

環境破壊によって写真が伝える感動が失われようとしているいま、ファッションという“芸術表現”を通して、再びその価値を伝えようとする動きがある。

ここに紹介するのは、精細な手作業と革新的なテクノロジーの融合で名高いデザイナー、イリス・ヴァン・ヘルペン(Iris van Herpen)が今夏発表したオートクチュールコレクションだ。

優雅なクチュールと独特の世界観が織りなす、唯一無二な彼女のコレクション。そこに込めた想いを紐解いてみたい。

© Iris van Herpen/YouTube

これまでと同様、卓越したクチュリエとしての技術が光る美しいルックに、神秘的な世界観。新型コロナウイルスの影響を受け、彼女にとって初めてとなる動画形式での発表に。その手腕は健在だったが、この動画には驚きの秘密が。

これらのルック、そのすべてが海洋プラスチックゴミで作られているというのだ。

「Earthrise」なる本コレクションは、環境保護団体「Parley for the Oceans」の協力によって集めた海洋ゴミをアップサイクルして制作されたもの。

持ち前の縫製技術と3Dプリンターを駆使した前衛的な手法により、海洋ゴミが持つ独特な色彩を生かしたまま、ユニークで洗練されたクチュールへと昇華している。

では、そもそもなぜ海洋ゴミを素材に選んだのか?

もちろん、近年世界的にサステイナブルへの意識が高まっていることは言うまでもない。これを踏まえて“地球の美しさと脆さ”をコレクションのテーマに据えたヘルペンは、コレクションを通してその保護を訴える。

© "Earthrise" by William Alison Anders/NASA

ここで、あらためてウィリアム・アンダースの写真を見ていただきたい。地球の美しさ、そしてその脆さ。そこにファッションという表現方法で伝えようとしている価値とは、なんなのだろうか。

オートクチュールとは、衣服である以上に、伝統と優雅さを宿した究極の贅沢品でもある。そんなオートクチュールの制作にゴミを用いるというかなり実験的な挑戦について、ヘルペンはこう語っている。

「クチュールに新たな価値を持たせたいの。テクノロジーの時代に関連させてね」

最新のテクノロジー、伝統の技術、デザイナーの主張……彼女にとってのクチュールは、これらを融合させる最大の“実験室”なのかもしれない。

コレクションのもうひとつの意図。それは、トレンドや情勢が目まぐるしく変化する現代にこそ、不変の価値をもつクチュールがファッション全体の原動力になり得るという主張かもしれない。

自身のクリエーションについて「観て、着られるアート」と定義するヘルペンらしい、表現性と審美性に富んだ意見には、納得させるだけのパワーがある。

「変化の激しいデジタル時代において、オートクチュールを進歩の起点にしたい」とも語る彼女は、不朽の美学に新しい価値を取り込む先駆者とも呼べるだろう。

“ゴミから生まれたオートクチュール”という革新的なアプローチで、地球の美しさを訴え、さらにファッションそのものの価値をも再定義した「Earthrise」は、21世紀の服飾史にその名を刻む偉大な一歩となるのだろうか。

そしてまた、オートクチュール主流の時代が訪れることがあるのだろう。新たな価値をもって再び盛り上がるファッション業界の、2022年に注目だ。

Top image: © NASA
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。