電通やめて旅に出た。YouTubeで600万回再生された映像の旅「WORLD CRUISE」 - 永川 優樹
1978年長崎県生まれ。九州大学大学院修了後、電通へ入社。地域ブランドやローカルメディアの研究開発に携わる。2010年、電通を退社し、国内外の都市生活・自然環境を映像資産として記録するプロジェクト「WORLD – CRUISE」を開始。
YouTubeで公開した映像は世界中で話題になり、Yahoo! JAPAN Internet Creative Award 2011 グランプリを受賞。 現在は航空会社や自治体のプロジェクトに参画し、ツーリズムや都市計画と連動した映像制作、および次世代ローカルメディアの開発に取り組んでいる。
001 パフォーマンスとしての、世界一周
永川さんは電通を退社後、世界中の都市の様子をYouTubeで発信する 「WORLD – CRUISE」というプロジェクトをはじめられました。このプロジェクトの着想を得たきっかけや動機を教えてください。
WORLD – CRUISE をはじめようと思ったのは電通に在籍していた時でした。当時はローカルメディアを活用していかに地域を活性化するか、もしくは地域ブランドをどう構築していくかという仕事を行っていたのですが、そのときに地域の情報発信にはもっと映像が活用されるべきだということを感じていました。
しかし、そのころはまだ映像を制作するコストがものすごく高かった。ディレクターやカメラマン、もろもろの機材をロケバスに載せて数日動かすとあっというまに予算が数百万円になってしまう。たとえ撮ったとしてもその映像をどう配信するのか、という問題もありました。地方や小さな地域の魅力を映像で発信するというプロジェクトは採算上、とても難しいものだったんです。
けれども2008年あたりからその状況が変わったんです。まず撮影機材ですが、その辺の家電量販店で売ってあるような一眼レフカメラが、映画レベルの画質で動画を撮影する機能を搭載しはじめました。一方で、それまで非常に画質が悪かったYouTube が HD に対応して、かなり高画質な動画をだれでも配信できるようになりました。つまり、とても高画質なHD動画をほとんどコストをかけずに、誰でも撮ることができ、しかも世界中に配信できる、という環境が突然あらわれたのです。
これなら会社に頼らずとも、自分ひとりで思い描いていた仕事ができるんじゃないか。独立してフリーで活動するプランを練りはじめましたが、いきなり「映像を活用した地域の情報発信やります」なんて言い出しても仕事が来るわけがない。まずはポートフォリオ代わりのパフォーマンスが必要だと思いました。そこで思いついたのが世界一周しながら世界中の都市の映像を YouTube で配信するという WORLD – CRUISE だったのです。
002 旅の原体験
永川さんが地域活性化に関心を持つようになったきっかけは何ですか?
私にとって地域活性化は学生時代からのテーマなんです。私の生まれは長崎県の南島原というところで、90年に噴火災害があった雲仙普賢岳のふもとにあります。災害当時、私はまだ中学生だったのですが、火砕流や土石流で自分の故郷が甚大な被害を受ける様を目の当たりにしました。降り積もる火山灰と、流出して少なくなっていく人口、シャッターを下ろす店舗が増える商店街、と急激に衰えていく町の様子が私の原風景の中にあります。そういったものをなんとかできないか、というのが根底にずっとあって、大学では都市計画を専攻し、まちづくりや地域活性化に関する事例を学び、フィールドワークを行っていました。
003 目的のある旅
世界一周の旅の中で一番の発見はなんですか?
やはり「いままで見えていなかった日本の魅力が見えてくる」という事だと思います。じつはそれまで私はあまり旅行に興味がなくて(笑)海外旅行に行ったこともなかったんです。 WORLD – CRUISE で海外に出るときにはじめてパスポートを取得しました。いろんな国をみていると、日本のゴミが落ちていない道路とか、地下鉄で居眠りしても平気とか、モノやサービスが安くキッチリと提供されていることなどが、じつはものすごいことなのだということに気付きます。一番すごいとおもうのが、日本の7〜8百円くらいのランチです。あの値段で写真撮って画になる食べ物って他の国にはないですよ。だいたい適当に盛りつけられてごてっとした感じで出てくる(笑)まぁ味は良いとしても見た目まで気がまわっているというのはほとんどないです。日本のは安くて美味しく、盛り付けまで完璧。FacebookやInstagram なんかでもやたらと食べ物の写真アップしてるのは日本人くらいで、海外では食べ物の写真ってあんまりでてこないです。あれ、撮っても画にならないからですよね。
まぁ、そういうことに気付けるとしても、旅の収穫としてはあまり大きなものではないです。やはり旅の目的ははっきりもっていた方が良いです。「自分のやりたいことをみつける」とか「新しい世界を探す」とか言って旅に出た人で、何か得た人ってほとんどいないでしょう。ワインの研究するんだとか、音楽を学ぶんだとか、目的もって旅に出て帰ってきた人は、やっぱりひと味違う人が多いです。
004 ソーシャルメディアについて
永川さんはYouTubeを活用し映像を発信されていました。誰でも作品を全世界に公開できる時代になりましたが、そういったソーシャルメディアについてどうとらえていますか?
ソーシャルメディアはいろんな可能性と影響力をもっています。問題はそれが必ずしも正のものだけではない、ということ。FacebookやTwitterでの情報交換がきっかけとなったと言われる「アラブの春」もいまだに混乱が続いていて、ソーシャルメディアの浅くて触発的な力と、強い方向性やまとまりを示すことができない脆弱さの双方が浮き彫りになっていると思います。YouTubeでも収益プログラムによってだれでも稼ぐことができるといわれ、安易にそこに身を投じる人もいますが、長いスパンでの自分の将来を見失って行き詰まるケースが多い。ソーシャルメディアがもたらす短期的で触発的な影響力というのは、長期的な積み重ねと引き換えに存在している、ということを感じています。
005 映像は手段でしかない
永川さんが現在行われている活動、そして今後の活動予定について聞かせてください。
いまは映像制作やメディアプランニングを中心に、地方自治体や大学とともに地域活性化のプロジェクトに取り組んでいます。個人が自由にメディアを扱えるようになったということは、小さなまちや地域単位でも自由に情報発信ができるようになったということです。これは地方にとってはものすごいチャンスですよ。いままでメディアといえばマスメディアで、それは基本的に東京の情報を発信するものでした。私は地方が衰退する要因の1つがそこにあると考えていますが、それを大きく転換させるチャンスがやってきています。映像やソーシャルメディアをうまく活用して、日本を東京から取り戻す、ということを今後やっていきたいと思っています。
そのためには映像だけつくるとか、Facebookページだけ盛り上げる、とかで終わらずに実質的なまちづくりや都市計画に関わっていかなければと考えています。地方だと優秀な人材は東京にでてしまったきりで、なかなか戻ってこないという問題がある。まずはそういう人材を呼び戻す仕組みをつくっていかなければなりません。映像やソーシャルメディアはそのための手段でしかないと思っています。
あとは機材が進化してきているので、新しい機材をそろえて WORLD – CRUISE 2 みたいなこともやりたいですね。特にアジアの都市は劇的なスピードで変化していっているので、数年ごとに定点観測していると、数十年後に振り返ったときにいろんな発見があると思います。時間と資金をどう確保するかが問題ですが(笑)