50年間負けなし仏軍に奇跡の勝利も、メキシコが「祝日に認めない」記念日がある。

何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。

それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。

アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?

シンコ・デ・マヨ
(Cinco de Mayo)

5月5日といえば、日本では「子どもの日」。端午の節句にあたるこの日は、子どもたちが元気に育ち、大きくなったことをお祝いする。そんな日ですよね。

では、地球の裏側メキシコでは……子どもだけじゃなく大人も一緒にどんちゃん騒ぎで盛り上がる「シンコ・デ・マヨ(5月5日を意味する)」。

おそらく初耳、という人が多いことと思います。まずは、「シンコ・デ・マヨ」誕生の経緯からお話ししましょう。

ときは1862年の5月5日、メキシコ領ベラクルス郊外のプエブラで、メキシコ軍とフランス軍のあいだで起こった戦闘(プエブラの会戦)が勃発しました。

フランス第二帝政によるメキシコ征服の命を受け、シャルル・フェルディナン司令官率いるフランス軍。他勢に無勢だったメキシコ軍でしたが、イグナシオ・サラゴサ将軍のもと、プエブラ防衛網を展開、そして奇跡的にこの戦いに勝利したのです。

この戦いまで、50年間一度も負けたことがなく、圧倒的有利に思えたフランス軍を敗走させたニュースに各国は驚きを隠せなかったとか。そんなわけで、プエブラではこの勝利を記念して「シンコ・デ・マヨ」を定めたそうです。

と、ここまで聞くとメキシコの祝日として制定されても不思議じゃないですよね? ところが、「シンコ・デ・マヨ」はあくまで地域限定のお祝いだそうで。

というのも、敗戦の知らせに激昂したナポレオン3世。メキシコ支配を捨てきれず、さらに派兵を続け、翌1863年にはメキシコ市を陥落させ、その翌年にはハプスブルグ家から皇帝を擁立し、傀儡国家であるメキシコ帝国を成立させてしまうのです。

結果、プエブラ奇跡の勝利がナポレオン3世の怒りを買い、メキシコ出兵に拍車をかけてしまったという見方がメキシコ国内でもあるようで、国として祝日に制定することはためらった。といった背景があるようですよ。

さて、そんな地域限定のお祭りですが、アメリカでも「シンコ・デ・マヨ」は大盛り上がり。移民の多い国ですからそれも納得なのですが、どうやらメキシコ系移民のなかには、この5月5日を「メキシコ独立記念日」と誤解している人が少なくないんだとか。

ともあれ、お祝いはお祝い。マリアッチの音色にダンサーたちが踊り、テキーラを飲み交わしタコスを頬張る。飲んで踊って騒いでのラテンのノリで一晩中お祭り騒ぎとなるみたい。これはこれで、楽しいに違いない!

最後は、大金星をあげた地元プエブラのお祝いムードがどんなものかのご紹介。まあ、動画を開いてみてください。とんでもない数の空砲が、あちらこちらでドッカンどっかん。

なんだか知りませんが、やっぱりお祝いはこのくらいでないとね!

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