脱力フェミニズム.04
芸能界の性暴力を知ったとき、これからも推せますか?
前回でも触れましたが、BBCの報道によってジャニーズ事務所の創業者による未成年への性的虐待が明るみになり、日本のメディアも少しずつ取り上げるようになりました。
こういった報道があると、「芸能界では当たり前」「売名行為」「抵抗しなかったから仕方ない」といった言葉で、告発した人を非難する空気が生まれがちです。
みなさんもこのような空気にのまれてしまったことはないでしょうか?
たいしたことじゃなかった
性的虐待
ジャニーズといえば、わたしが中学生のときにデビューした光GENJIは爆発的な人気で、夢中になっている同級生がたくさんいました。
ある日、同じクラスの子が、ジャニーズの暴露本があるんだよ、と教えてくれました。そのタイトルは『光GENJIへ』。元ジャニーズのメンバーが事務所の社長からレイプされていたことを告発する内容でした。光GENJIに関するものならなんでも買う別のクラスの子がこの本を貸してくれて、同級生のあいだで回し読みすることに。中学生のわたしには色々な意味で衝撃的で、「なんでこんなヤバい社長がつくった会社のアイドルをみんな応援してるんだろう?」と思っていました。
しかし、とてもスキャンダラスな内容なのに、ワイドショーでは取り上げられません。今となっては、ジャニーズに対するテレビ局の忖度だったと分かりますが、メデイアの構造を知らない中学生だったわたしは、もしかしたら本当のことではないのかも? とも思っていました。そして、レコード大賞を受賞するなど、光GENJIの人気が翳ることはありませんでした。
ところが、その後ジャニーズの性被害の噂はたびたび話題になり「週刊文春」で報じられたこともありました。テレビで取り上げられなくても「ああ、あれね」という感じで世間に広がってはいましたが、「たいしたことじゃない」という空気もあり、ジャニーズのアイドルは相変わらずテレビで大活躍。性加害があることを多くの人が知っていて、インターネットでも簡単に情報を得られるようになったのに、なぜ問題視せず応援してしまうのでしょう?
推しの作品が
性暴力に関わっていたらどうする?
その気持ちは理解できなくもありません。
突然ですが、わたしは韓国のアイドルグループBTSの大ファンです。とりわけ、最近ソロアルバムをリリースしたジミンさんを推しています。わたしが特に好きなのは声。音域が広く、今まで聞いたことのなかったタイプの声で、ずっと聴いていたいと思わせるのです。アルバム『MAP OF THE SOUL:7』(2020年2月発売)のソロ曲「Filter」はジミンさんだからこそ表現できる世界観で、声とキャラクターが非常に際立っている、わたしのお気に入りの1曲です。
しかし、2020年11月、この曲の制作に関わった作詞・作曲家の男性が交際女性への性加害で起訴されたと報道されたのです。女性は被害が原因で自死しており、ファンは大きなショックを受けました。その後、2022年6月にBTSが『Proof』というアンソロジーアルバムを発売したのですが、この中に「Filter」が収録されていたのです。
事件発覚後に発売したアルバムに加害者が関わる楽曲が収録されたことに、一部のファンはさらに衝撃をうけ、所属事務所に抗議し、署名運動を始めた人もいました。わたしもこのファンの行動に賛同している立場です。
しかし、わたしは「Filter」をどうしても嫌いになれません。ジミンさんが事件に関わっているわけではないし、悪いのは完全に加害者です。推しの大切な作品を聴き続けていきたい気持ちは否定できません。アイドルはわたしたちの生活を豊かにしてくれる存在です。沼にはまるとこの世界から容易に抜けられないことは、推し活をしている人なら理解できると思います。
ただ、被害者のことを考えると、やはり手放しで称賛することもできません。被害者の女性は歌手志望でした。ヒット曲を生み出す音楽家と歌手になりたい女性。その力関係は明らかです。暴力の上に成り立つ音楽文化を許容してしまえば、これからも同じような被害が続いてしまうのではないでしょうか。
韓国では2016年にソウルの江南(カンナム)で、日頃から女性を憎んでいた男性が無作為に選んだ女性を殺害した事件が起こりました。それ以降、性差別や暴力を訴える声が韓国の女性のなかで大きくなったのです。ARMY(BTSのファンダム)のあいだでも同様で、BTSの初期作品に女性蔑視的な歌詞があるのですが、それを非難する声が高まった時期がありました。すると所属事務所は不快に感じた方へお詫びし、今後の創作活動の参考にしていくという立場を表明、さらにBTSは女性に対する視点をアップデートさせた楽曲も発表したのです(これについてはBTSファンの社会学者による『BTSとARMY』の「ファンダムとミソジニー」の項にくわしく書かれているので、読んでみてください)。
こんなふうに女性蔑視に向き合い、国連でスピーチをしたこともあるBTSだからこそ、ファンが今回の件に対して何かしらの対応を望むのは当然でしょう。今やK-POPは世界に影響を与える巨大産業となりました。アーティストや事務所には性暴力を許さない態度を見せてほしいですし、推しを応援することと批判することは、両立できるはずです。そして、それが健全な音楽の世界につながると、わたしは信じています。
思考停止せず、考え続ける
かつて、ドイツのナチス党は「ドイツ民族の血を浄化する」という目的で多くのユダヤ人を殺害しました。大衆を率いるために「ユダヤ人=悪」というシナリオをでっち上げたわけですが、思考停止してそれを信じてしまった「普通の人」もナチスを後押ししてしまったのではないでしょうか?
ナチス親衛隊の中佐だったアドルフ・アイヒマンはユダヤ人を収容所に移送して管理する役割を忠実に果たしていました。しかし、彼は「どこにでもいそうな市民」であり、悪魔的な人物ではありませんでした。哲学者のハンナ・アーレントは『エルサレムのアイヒマン』で、彼が「無思想性」状態であったと指摘しています。つまり、考えることをやめ、当時の「政治」に忠実だったために、大量虐殺に加担してしまったというわけです。
芸能界の性被害は「たいしたことじゃない」という空気にのまれ、考えることをやめてしまえば、性暴力のある構造を温存することに協力してしまいます。アイヒマンにならないために、多様な声を聞き、考え続ける。それがフェミニストであるために大切なことだと思うのです。
最後に、今のわたしには「Filter」を薦めることはできませんが、ジミンさんの表現力がさらに広がったソロアルバム『FACE』は最高なので是非聴いてみてください!
もっと詳しく知りたい方へ
① 『BTSとARMY : わたしたちは連帯する』
ARMYの社会学者が、ファン視点でBTSを考察。K-POPとファンの関係性がより深く理解できる。
② 『エルサレムのアイヒマン:悪の陳腐さについての報告』
インターネットで空気が作られやすい時代、思考停止せず、全体主義に陥らないために、アーレントの警鐘を受け止めたい。
③ 映画『ハンナ・アーレント』
「考えることで、人間は強くなる」という信念で、全体主義を生み出す大衆社会を研究した哲学者の軌跡。DVD、amazonプライムなどで視聴可。