アメリカ「人種のサラダボウル」の現実。

昔、学校で「人種のサラダボウル」という言葉を聞いたことがある。その時に見たイラストには、大きなボウルの中で笑顔を浮かべる、白人、黒人、アジア人などの子どもがいた。

大人になったいま、私が理解したことといえば、人種が多様な国においてみんながハッピーになれるわけではなく、ルーツが違うからこその問題が山積しているという事実。そしてそれは、多くの場合、とても根深い。

差別の経験について
「心を裸」にして語る

「いとこの娘が、ある日学校から帰ってきてこう言ったんです。『ママ、白人のクラスメートが私のことをサル呼ばわりしてきたの。私はサルじゃない。人間よ!』って」

「以前、朝9時半から始まるヨガ教室へ通っていました。レッスンに来ていた人は全員が白人。初めて教室に入った時、彼女たちは私を見てこう言ったんですよ。『あら、旦那さんは何のお仕事をされているんですか?どうしたら平日の朝9時半にレッスンに来れるの?』と。私が白人だったなら、きっとそんな質問は聞いてこなかったはず」

「警察ってだけで悩みね。理由は、何かあっても十分に対応してなんてもらえないから。それはどうしてかって?警察だからよ。もし、仮に小突いてしまったりなんかしたら、きっと殺されるわ

「『肌の色は気にしない』なんて口だけ、そんなの嘘。ちゃんと真実と向き合うべきよ。私たちは白人と同じではないの。まったく別々の経験をしてきているんだから

「どうしていくべきか、それは現実から逃げることだと思う。でも、私はもう逃げたくはない。私たちは人種差別が日常化してる、アメリカで生きているんだから。この問題についてきっちり話し合うことね

服を脱ぎ捨てて見せる
「本当の自分」

この映像は「本当の自分は服の下にある」と訴える人気シリーズ「StyleLikeU」が制作したもの。動画の中の出演者はそれぞれ、人種差別に関するこれまでの経験を語りながら、徐々に服を脱いでいく。心も身体も裸になってもらおうという意図。

彼女たちはみな、どことなく覚悟を決めたような真剣な目をして、普段は大っぴらに話さないだろう心の内を見せている。アメリカ社会に巣喰う「現実」が、言葉になり伝わってくる。

Licensed material used with permission by StyleLikeU
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。