パナソニックがなぜ「食器」を?レトロブームを牽引する「アデリアレトロ」との対談から紐解く
今、世界でもっとも熱く議論されているソーシャルイシューのひとつ、環境問題。
さまざまな企業や団体がカーボンニュートラルをはじめとするエシカルでエコな活動に力を注ぐなか、パナソニックがサステナブルな社会の実現に向けて開発したのは──ビールを注げばきめ細やかな泡が立つキュートな「タンブラー」。
「......どういうこと?」
きっと多くの人が抱くであろうそんな疑問を、現在のレトロブームを牽引する、今、Z世代に人気のガラス食器シリーズ「アデリアレトロ」の開発者をお招きし、対談形式で紐解くことに。
「食器」という共通点はありながら、見た目も質感も異なるふたつのブランド。対談で明らかになったのは、それぞれが目指すこれからのプロダクトの在り方と、それによって実現する(かもしれない)素敵な世界でした。
【対談者プロフィール】
2007年に入社。生産技術開発・金型設計・商品開発などを経て、現在はマニュファクチャリングイノベーション本部 成形技術開発センターの企画責任者を務めながら、「kinari」の事業推進を担当。3児の父で子育て奮闘中。好きなことは、旅行、食べること、ものを考えること、作ること。
2016年に石塚硝子株式会社に入社。ハウスウェアカンパニー 市販部 企画グループでデザイナーとして勤務して「アデリアレトロ」の開発に携わったのち、留学を機に退職。現在はフリーランスのSNSマーケターとしても活動しつつ、「アデリアレトロ」のPR活動やSNS運用を会社員時代から継続。帰国後は2年間ほど徳島、伊豆、沖縄などを中心に多拠点生活したのち、2023年7月に第一子を出産、現在は愛知県に定住。
パナソニックが食器を作った理由と
懐かしくも新鮮で昭和なガラスコップ
──本日はよろしくお願いします。まずは、初対面のおふたりの自己紹介を兼ねて、どんなことを手がけているか教えてください。
桐本さん:はじめまして。石塚硝子で「アデリアレトロ」というガラス食器シリーズの企画・PR活動に携わっている桐本といいます。
石塚硝子は創業1819年に創業した老舗のガラスメーカーで、60年代から70年代頃にガラスコップに花柄などをプリントした製品を作っていて、「アデリアレトロ」はそのプリントグラスを復刻したラインになります。
山本さん:こんにちは、パナソニックで「kinari」の事業推進を担当している山本です。まず、対談にあたって御社の製品を拝見しました。今、僕は40代なんですが、まさに「アデリアレトロ」のようなデザインのコップがおばあちゃんの家にあったのを思い出して、懐かしい気持ちになりました(笑)
桐本さん:ありがとうございます。ユーザーさんからも「子どもの頃に実家で使っていた」といった声をよくいただきます(笑)。
それから、昭和を経験していない20代ぐらいの方の目には新鮮なデザインに映るようです。
山本さん:「アデリアレトロ」はすごくヒットしたと聞いてますが、どのくらい売れているんですか?
桐本さん:プリントグラスはシリーズで年間10万個売れれば上出来という世界なんですが、おかげさまで「アデリアレトロ」は5年間の累計で150万個近く売れています。
──文字通り桁違いの売れ行きですね。
桐本さん:ありがとうございます。それにしてもパナソニックさんが食器類を作っていることは知らなかったので、驚きました。
山本さん:そうですよね。この食器はパナソニックが新素材を開発していくなかでできた「kinari」という素材を使ったものになります。
桐本さん:木材のようにしか見えませんが特殊な素材なんですよね?
山本さん: はい、セルロースファイバー成形材料といって、いわゆるプラスチックのなかに植物の繊維を混ぜたものになります。
家電の軽量化のために素材を開発しているなかで誕生した材料なのですが、その製品化の第一弾として作ったのが、このタンブラーなんです。
人と生活、そして環境にやさしい
素材を探して
──パナソニックが素材の開発までおこなっていることは、あまり一般には知られていないかもしれませんね。
山本さん: パナソニックといえば「eneloop」などの充電池などが有名ですが、より高性能で安価な電池を作るために材料を混ぜる技術も必要ですし、素材そのものについてもつねに研究をおこなっているんです。
パナソニックグループでは自社のCO2排出を減らし、社会のCO2排出削減に貢献しながら、循環経済の実現にもつながるさまざまな活動のインパクトを拡げる「Panasonic GREEN IMPACT」を推進しています。
今までの経済活動のなかで環境に負荷を与えていることを、まずはゼロに戻す。そして、その後はよりよい地球環境や社会を目指して、自分たちが生み出した技術を使って世の中に還元していこうというのが目標なのですが、「kinari」はその一環として位置付けられている素材です。
桐本さん:つまり、「kinari」の環境や社会に貢献できるポイントとしては、植物繊維を混ぜることで石油由来のプラスチックの量を減らすことができるということですか?
山本さん:ざっくり言えばそうですが、「kinari」には一般的なプラスチックより軽くて強いといった特徴もあります。
植物繊維の確保もわざわざ木を切り倒す必要はなく、コーヒーのカスや果実の搾りかす、古紙などの廃棄材料も使用することが可能です。
桐本さん:そうなんですね。じつは石塚硝子でも研究開発部門のスタッフが東北を旅した時に帆立を食べて、その貝殻をどうやって捨てればいいか悩んだことをきっかけに、廃棄物の利用に関する取り組みをやっているんです。
そもそもガラスは石灰石などの天然原料から作るのですが「帆立の貝殻も石灰石の一種だからガラスにできるのでは」と思いついたそうで(笑)。
帆立の貝殻からはじまって近隣で確保できる牡蠣殻も試して、最終的に卵の殻からガラスを作ることに成功しました。
山本さん:帆立の貝殻に牡蠣殻に卵の殻......素敵な発想と取り組みですね。
ちなみに廃棄物の有効活用と石油由来原料の削減以外にも、「kinari」にはさまざまなメリットがあるんです。
そのひとつが、原料の個性を活かしたり消したりできること。
たとえば、お茶の出し殻を使えばカテキンの抗菌作用を素材に持たせることができますし、ヒノキ由来の香りを残すこともできます。それに着色や成形もプラスチックと同様に自由自在なんです。
桐本さん:なるほど。じつは牡蠣殻からガラスを作ろうとして諦めたのは、どうしても殻に残る鉄分の関係でガラスに青みが出てしまうからなんです。
でも、今のお話を聞くと、逆に素材由来の色味を活かして製品にするのもアリですね。
山本さん:家電では素材は無臭であるべきというのが常識なのですが、開発当初は素材由来の香りがしていて、植物繊維は添加剤として少量だけ混ぜていました。
逆に「石油由来の成分を添加剤として考えることで、植物繊維の香りや風合いを活かせないか」というアイデアから開発をスタートしたところ、非常によい特徴を持った素材になったんです。
そこからさらに研究を進めて、今では香りの有無や色味も自由に調整できるようになったんです。
「ものづくりは社会づくり」
ふたつのブランドがともにする想いとは?
──卵の殻を材料の一部に使うこと以外に「アデリアレトロ」では環境に対する取り組みなどは?
桐本さん:企業の活動としておこなっていることはほかにもたくさんあるんですが、私の考えとしては、ひとつのものを大事に長く使うことが大切だと思っています。
「アデリアレトロ」が立ち上がってから「実家の倉庫に昔のグラスがありました! かわいいので使っています!」という声をたくさんいただくようになりました。
意識してやったわけではありませんが、結果的にそれまで見過ごされて死蔵されていたものが活用されるようになったのは、世の中にいいインパクトが与えられたと思います。
山本さん:たしかにガラスは1000年前に作られたものでも形を保っているぐらい、とても安定した素材ですもんね。
桐本さん:ひょっとして山本さんのご実家にも「アデリア」のグラスがあるかもしれませんよ。少し話は逸れますが、「アデリアレトロ」で復刻したのをきっかけに、アンティーク市場でも値段が高くなってきたようです。
山本さん:探してみます(笑)。
長く使うという点でいうと、「kinari」はリサイクルも可能ですし、捨てられたときに速やかに自然に還る生分解性も持たせることができます。
これらは環境のために重要な性質ですが、次に目指しているのが、自宅で使用しているときはタフで、捨てられたときには速やかに自然に還ること。
私たちは「生分解スイッチ」と呼んでいるんですが、これはまさに長く愛用してもらいつつ、不要になったときも環境に優しい素材を実現するために、今、研究している最中なんです。
桐本さん:素敵ですね。
長く使ってもらうために大事だなと考えているのが、愛着を持ってもらうことだと思うんです。ユーザーさんからSNSなどで「子どもの頃を思い出しました! 大事に使います」ってコメントをもらったりすると、誰かの思い出や心のなかと紐づいていることはすごく大事だなと思います。
山本さん:まさにその通りですね。
「kinari」を使った製品の第一弾として開発したタンブラーは「アサヒユウアス」さんと開発したのですが、実際に作ってみると、植物繊維の凹凸のおかげでビールの泡がきめ細かく注げるという、毎日が楽しくなる、おいしい効果もあります。
日々、愛着が深まっています(笑)
桐本さん:物語のあるものづくりは「アデリアレトロ」と「kinari」で共通するところかもしれませんね。
山本さん:ほかにもパンダが食べ残した笹を使ったり、使い勝手以外の面でも愛着を持ってもらえるものづくりをしたいと思っています。
桐本さん:私は昭和をリアルタイムで経験していないので、ユーザーさんから「それはパンタロンっていって、昔のラッパズボンの柄だよ」なんて教えてもらうこともあるんです。そうやって昭和のことが受け継がれていくことも興味深いですし、50年後や100年後に「この時代の『アデリアレトロ』は……」なんて目利きする人が出てきたらすごく嬉しいなって。
山本さん:50年前のものを復刻しただけではなくて、50年先まで想像しながらものづくりをしているのは素晴らしいですね。
パナソニックグループも地球環境問題の解決に貢献することを目指していますが、私は、単に地球の気温が下がればOKという話ではないと思っています。
ものや素材を通じて人間同士のコミュニケーションが生まれることで、ものを長く使うことの大切さに気づいたり、ものを買うときの選び方が変わったりと、人の意識が変化し、その結果として、環境はもちろん世の中全体に対してポジティブな影響が循環していく──そういった社会づくりに私も参加していきたいと考えているんです。
──復刻といえば、昭和の家電が、今、再び密かに人気だと聞いています。
桐本さん:まさに、私も欲しくて探しているんです!ただ、消費電力も大きいし、今の暮らしのなかで使うのはちょっと......と悩んでいます。
ぜひ、今の技術を使いつつ、当時のデザインで復刻してもらえませんか?
山本さん:たしかに弊社でもブランド名が「National」だったころの家電は、物語性を感じるデザインが多かったかもしれません。そうやって考えると、弊社のアーカイブのなかにも「アデリアレトロ」さんのようなヒット作の種が隠れているのかもしれませんね。
桐本さん:そのときはぜ
山本さん:楽しそうですね(笑) はい、ぜひお願いします。ものを大切にし、環境にやさしい未来も一緒に作れたら嬉しいです。