「マインドフルネス」に続く注目の存在──それが「クリスタルボウル」
水晶製のボウルと撥(ばち)が生み出す、メロディーもサビもない、音。その音と楽器が、今、注目を浴びています。その楽器の名は「クリスタルボウル」。近年話題となった「マインドフルネス」に続く存在として話題の楽器とそのシーンに迫ります。
世界最大のテックフェスにも登場した
「偶然」が生んだ魅惑の音色
そもそも「クリスタルボウル」とは、工業製品の製造過程で、シリコンを培養する器として使われている水晶製の坩堝(るつぼ)を叩いてみたところ、非常にいい音がしたことを起源にする楽器です。
すりこぎのような棒にスウェードを巻いた「マレット」と呼ばれる撥(ばち)でボウルをこすったり優しく叩いたりすることで発生する音は、形状のよく似た、仏壇などに置かれた金属製のお鈴よりも深く、澄んだ印象。
アメリカで30年以上前に誕生したといわれるクリスタルボウルは、音を聴くことでリラックスや癒しを得られるツールとして利用され、近年では心をコントロールするための「マインドフルネス」の手法のひとつとしても活用されはじめています。
奏者・Magali氏が語る
クリスタルボウルのシーンと魅力
アメリカやヨーロッパを中心に、海外ではファンも多く、徐々に一般での認知度も高まっているとはいえ、日本ではまだ馴染みの薄いクリスタルボウル。
今回は、そんな不思議な楽器の奏者であるMagali氏に「クリスタルボウルの魅力と知られざる世界」についてお話を伺いました。
2005年よりクリスタルボウルの奏者としての活動をスタート。毎月開催する定期イベントのほか、各種コラボやリトリート、完璧な暗闇空間での演奏など、全国各地で年間100回を超える演奏をおこなう、旅するクリスタルボウル奏者。https://crystal-soundbath.com/
──クリスタルボウルとの出会いは?
もともとダンスミュージックが好きで、よく野外レイブやクラブに通っていたんですが、15年くらいまえに偶然遊びにいったアートのイベントでクリスタルボウルが演奏されていて、その音を聴いていたら意識がスーッと持ち上がっていくような感覚になって、一音一音鳴らされるたびに身体がしびれて......なかなか表現が難しいんですけど、演奏が終わったあとは“気”が全身にみなぎっているような感覚がありました。
ただ、まだそのときは感動しつつも半信半疑だったんです。自分は「すごい」と思ったけれど、それは自分だけの感覚かもしれないし。
それで「これは、もっとたくさんの人に体験してもらいたい」と思って、自分でもイベントを手がけたり、演奏したりするようになりました。
──クリスタルボウルの音色が「リラックス」や「癒し」をもたらす理由は?
まず、クリスタルボウルの音色って単純に「美しい音」なんです。その美しい音の繰り返しを聴いていると、「あぁ、美しいなぁ」と気持ちが安らいでくる。音響が精神に影響を与えているんです。
次に、ボウルって音圧がすごいんです。近くで聴いていると、身体にビリビリくるほどの音圧があります。その振動が、肉体を微細にほぐしていく。
そして、これがもっとも重要な要素なんですが、ボウルは円筒形をしているから、360度すべての方向に音が広がっていきます。そのうち空間が音で満たされて、聴いている人は美しくて心地いい音に完全に包まれる。
そんな絶対的な心地よさに包まれ続けることで、脳がその心地よさとシンクロをはじめてリラックスや癒しを導く......という原理だと考えています。
赤ちゃんを寝かしつけるときに、何度もトントンと叩くのと似ています。一度だけ叩いても寝ないだろうし、リズムがバラバラでも寝ないだろうけど、心地いい動作が繰り返されることで脳がシンクロするという。
──なるほど。
私たちは普段の生活のなかでリラックスしているようでも、じつはまったくできていないことも多いんですね。夜、眠っていてもちょっとした物音で目がさめるように、感覚はどこかしら起きたままなんです。
嫌なことを忘れて眠ろうと思っていても、静かな空間のなかだと逆に気持ちはザワザワしたり。
クリスタルボウルの音に包まれると、そういったザワザワした部分が美しい音の繰り返しで覆い隠されて、深いリラックスへと導かれていくというわけです。
──演奏を聴かせていただきましたが、確かに身体から力が抜けていくような妙な感覚をおぼえました。
「音を聴いただけで身体や心に影響が出るわけがない」と思うかもしれませんが、音には非常に大きな力が秘められているんです。
ただ、クリスタルボウルは歴史が浅い楽器なので、効果や作用についての解釈は様々なんです。
すごくスピリチュアリズムと結びつけて語られることも多いんですが、私はもともと電子音楽が好きだったり、昔はIT屋だったりもするので、なるべく客観的に、一般の人たちにもわかりやすい言葉を使って伝えるようにしています。
AIとIoTの時代に求められる
「積極的な睡眠」のための手法
──海外でのクリスタルボウルのシーンは?
海外では、マインドフルネスのプロセスとして「サウンド・バス」というイベントが注目を集めています。
サウンド・バスとは、その名の通り「音のお風呂」という意味で、お風呂に入るように音を浴びて精神を安定した状態に近づけたり、心身をリフレッシュしたりする音楽イベントです。
サウンド・バスでは様々な楽器が用いられていますが、クリスタルボウルはその中心的な役割を担っています。
昨年、テキサスで開催された『サウス・バイ・サウスウエスト』という国際的なテック系フェスティバルでもサウンド・バスが紹介され、リラックスや癒しをより積極的に活用していくムーブメントが起きつつあります。
──クリスタルボウルが注目を集めているわけは?
テクノロジーが急速に発展し、単純労働だけを頑張ればいい時代ではなくなって、柔軟で豊かな発想力やクリエイティビティが重視される世の中になりつつある点が大きいのではないでしょうか。
たとえば、過去の時代であれば、エナジードリンクをガブ飲みして徹夜で仕事をしていれば成果が出せていたかもしれません。でも、AIとIoTの時代になると、力業で押すだけの労働は価値が下がってきますよね。
求められる価値が「余計なことを考えずに働く」から「いろいろなことを考えて創出する」に変化すると、個々の発想力やクリエイティビティが重要になります。
そこへのアプローチとして、自分の精神や意識と向き合う方法に「瞑想」がありますが、瞑想によるアプローチにはある程度の訓練が必要です。
その点、クリスタルボウルは「音」という外的な力によって積極的に深い瞑想に似た状態に導くことができるので、実用的なツールとして注目を集めているんです。
また、クリエイティビティを高めるという用途ではなく、短時間で心地よく効率的に休息を得られるのもクリスタルボウルの魅力なので、眠りが浅い人にもおすすめです。
──日本では?
少しずつですが、イベントの数も増えてきて、普及の兆しが見えはじめているように感じます。ヨガとの親和性が高いので、ヨガ教室や講師の方からワークショップに招かれて演奏することも多いですね。
ただ、クリスタルボウルは歴史が浅い世界なので、演奏する人によって音の雰囲気がまったく違うんです。
クリスタルボウルとは楽器そのものを指す言葉で、つまりは「ギター」や「ピアノ」と同じなんです。同じギターを使っていても、フォークもロックも演奏できるように、いろいろな活用方法があります。
何が正解で何が不正解かというようなことではなく、自分の好みの演奏を見つけられたら、新しい価値が生まれるかもしれません。
──どういった場所で体験できますか?
深くリラックスできるように、クリスタルボウルは寝転がった状態で聴いてもらうことが多いので、コンサート会場やライブハウスではなく、ヨガスタジオが利用されることが多いです。
あと、お寺もよく使われていますね。
私も『IYC表参道スタジオ』というヨガスタジオでイベントをおこなっています。
もし興味があれば、まずは体験……いや、「体感」してもらって、クリスタルボウルの魅力に触れてみてください。